12 日焼け
「狂四郎」と言う名のギタリストがいました。
目を瞑り、ギターを立てるように構えて弾く姿から、そう呼ばれるようになったそうです。名人ではありました。
「バンド組むから来ない?」
ドラマーのH氏の誘いで過した、横浜の何ヶ月間かもドタバタでありました。
このバンドは歌の入った5人編成でした全員でコーラスも出来る「コーラスバンド」として仕事をしました。コーラスバンドの需要は高く、何曲かその手の曲を演奏し、合間にジャズもどきも出来るというメリットがありました。ビッグバンドよりフットワークも軽く、夜、夜中と2つの店での仕事を掛け持ちでやったりしました。
(因に、店を移動せずに、例えば夜7時から朝4時半まで仕事をするのは「通し」と言われていました)
さて、狂四郎氏は名うてのラリパッパ族でした。何事も極めるというのは凄い事でありますが、人から聞いた話では分量の配分などが見事だったそうです。
(何なんでしょうね?)
バンドのメンバーの話によると、
「夜中の仕事終わって、桜木町の駅、向かってるとさァ××××の通りに変な車止まってんだよ。ドア4つとも空いててさ、どう見ても不審車だよな。で、近付いて良く見っとさ、狂四郎の車なんだよな。
エーっ、事件か?って思うじゃない?
そんで、おいら慌てて、車、覗いたんだよ。あいつさァ、車ん中這いつくばってさァ、シートの下ガサガサやってんだよ。何してんだよ?って聞いたらヨ、一気にミナハイ(睡眠薬)5錠口ん中ほうり込んだ瞬間、クシャミしたらしいんだよナ。
車ん中、散らばっちゃってヨッ、4錠は見つけて飲んだけンど、後1錠見つかんねえって言いヤンの。ちょうど、あそこら辺でやると、家までいい感じらしいんだよナ。 付き合いきれねえから、ほっぽってきちゃったけどヨ、大丈夫かねェ、あいつゥ」という事でした。
ラーメン屋でラーメンが来た瞬間に睡魔に襲われ、ラーメンのどんぶりに顔を突っ伏してしまった人もいますが、この手のラリパッパ者話は哀しくも可笑しいのです。
H氏のバンドは順調に仕事をこなし、夜、夜中と忙しく働いておりました。若いとはいえ、ハードな毎日に疲れもピークに達しつつありました。そんな時に事件は起こりました。いつものように夜中の店に行くと、見慣れない顔のドアマンが立っていました。様子が変でした。
私達の知らないうちに経営者が替わっていたのです。従業員もすべて替わっていました。信じられないような話ですが、一夜にして違う店になっていたのです。恐ろしい話ではありました
話し合いは「前の経営者の雇った者の事は知らん、筋違いだ。それは前の経営者に聞いてくれ」と言う言葉で一蹴され埒が明かず、行方不明の経営者のことを紹介者に問い詰めても逃げるだけでした。店内に置かれていた楽器がどうなったかは覚えていませんが、H氏の被害は私達のギャラも含め少なくはありませんでした。

このバンドを辞めることになった8月も、私達はやはり夜中の仕事をしていました。どこから仕入れてくるのか、たまに錠剤でへろへろになるH氏を除けば、大きな変化はありませんでした。しかし、ある夜、魔がさしたというか、好奇心で、全員が錠剤を頂いてしまいました。
仕事は終る時間にさしかかっていましたから問題はありませんでしたが、帰リ道で妙に操状態になっていた一人が突然言い出しました。
「なあ、海行こうぜっ」
一もニもなく、どういう手段で行ったのかは記憶にありませんが、気が付くとラリパッパの5人はまだ人気もない湘南の海岸に立っていました。
しばらく、バカ騒ぎをして疲れたころに「海の家」も開き、ビーチパラソルを借りた私達は、その下に倒れ込んで意識を失いました。目が覚めたのは昼過ぎでした。
周りをながめると、眩しい太陽の光が辺りを燃え立たせ、色とりどりの水着、パラソルは目のくらむような光を放っているように見えました。
「ここはどこだ?」
やがて、目が慣れてくると、海水浴客で賑わう昔ながらの海岸の光景が浮かんできました。
海水浴客の冷たい視線を浴びながら、着の身着のままの5人が心の中で思っていた「俺等が先客」という意味のない主張は通らず、口には出さないものの「水着を着てなきゃ海来ちゃいけないのかよっ」と、それぞれが毒づきながら退散することになりました。
お互いに顔を見合わせたとき、皆は気付きました。ギターのF氏の顔左半分が真っ赤だったのです。大変です。どうやらF氏は寝ているうちにパラソルから飛び出していたようなのです。
しかも、横向きだったので、半分だけが見事に焼けてしまったわけです。お気の毒でした。一番頼りになる気の良い好漢に災難は降りかかりました。
次の日、F氏はサングラス、帽子で顔を隠して現れました。
「どうしたの?」
皆に聞かれる度に、顔を真っ赤にして説明していましたが、その時も左半分の方がより赤くなりました。
怪しくなった
F氏 
数日後、私はバンドを辞めました。
後日聞いた話では、F氏は右半分を焼くために再び海に行きましたが、うまくいかず、結局、顔の中心部に白い帯状の筋が残ってしまったそうです。重ね重ね、お気の毒ではありました。