ジャカルタ


x1 五輪真弓ツアー


 その日、私とキリオは昼前にタクシーに乗り込みました。目指すはジャカルタ市内から車で約一時間半のブゴール植物園。現地スタッフの指示通り、チップも料金も前渡し。
 ホクホク顔のドライバーによく解らない言葉で話しかけられ、愛想笑いでごまかしつつジャカルタ郊外をブゴールに向けて走っていました。

 この年、五輪真弓さんのツアー最終公演地はインドネシアでした。
 その、ジャカルタでの休日にどうして植物園になど行こうとしているのか、2人にもよく分かっていませんでした。全ては成り行きでしたから。

 回教の国インドネシアでは、女性が肌を露出してはいけないというような事もあり、事前にステージ衣装などのチェックがありますが、殆ど形式的な模擬ステージの審査も終わり、本番前のオフ日のことです。
 メンバーは、島を幾つか所有している方の船で「島巡りクルージング」という豪勢なスケジュールが組まれていました。
 船に弱い私が断ると、「それじゃあ、替りに何処か観光できる場所を探しましょう!!」。現地の方が、何やら言い争いにも聞こえるような大きな声で話合った結果が「ブゴールの植物園、これっきゃ無い。時間もぴったり!」だったのです。
 断れません。 もう一人、キーボードのキリオも付き合うことになりました。

 暑いインドネシアで真っ昼間に植物園。どう考えても楽しそうではありません。脳裏をかすめるイメージは、熱帯植物の間に呆然と立ち尽くす2人の姿でありました。 車は高速道路のような広い道を走り抜けていきます。車窓から見える景色は何だか熱気で歪んで見えるような気もしました。

 しかし、着いた場所は、鳥の涼しげな声が響く静かな森の町でした。
「楽しんでこいよ」と言う(たぶんそう言ったと思う)ドライバーの声を背に、大きなコブのような木の根の上を歩いていく私達は少し安心していました。少なくとも熱射病は回避できる筈です。

 料金を払い、植物園の入り口に向かっていた私達は、いきなり日本語で話しかけられました。見れば気のよさそうな小さなオジサンです。
「アンナイシヨカ」「エッ?」
「ガイド、ヤスイヨ」「別にいいよ」「ソオカ?」
 私とキリオは断って歩き始めました。道の両側には、熱帯の大木が覆いかぶさるように続いています。
「これ、凄いですねぇ」気の抜けたような声でキリオが言いました。「君が言うと、凄くない気になるから黙ってなさい」









「ソノ木ハ×××デ××××」。振り返ると、満面笑みのオジサン。
 付いてきていたようです。その笑顔を見ていると、「まあ、いいか」という気になりました。改めて決めた料金は日本円で500円ぐらいだった と思いますが、ルピーで言われると(52000 ルピーとか)、高いのか安いのか全然分かりません。
(当時のレートは、1円=18ルピー位?)

 植物園の外れにある建物を指さして「アソコハ、×× 大尉ノ家ダッタ」
 インドネシアには戦争の痕が様々な形で残っていますが、これもその一つでした。
 戦時中に虐殺された人々の慰霊碑もありました。模擬ステージの審査に見えた年配の政府関係者の方には「キミハ、ナンネンクライ楽器ヲヤッテイルカ?」と、日本語で話しかけられました。ある世代の方は、日本語をとても流暢に話されます。
「日本では、土の下を電車が走っているらしいが本当か?」「ウン、いっぱい走っている」「うーん、嘘だろう?」「いや本当だよ」「どうやって入れたんだ?」「あはははは、誰も見たことないけど」「ほら、おかしいじゃないか?」
 まるで三球・照代でありましたが、オジサンは最後まで納得しませんでした。

 歩き疲れた私達は小高い丘の上にある休憩所、自販機のある小さな建物に向かいました。そこでジュースを買い、疲れて少し不機嫌になったオジサンにも渡しました。
「もう少し休憩しますか?」「ウン、モ、スコシ」
「何だか思ったより爽快だったな」
「ええ、ジャカルタ市内とは空気も全然違う感じですよね」
 自然を満喫した私達は気分よく出口に向かいました。

 「オジサン、サンキュウ!」 約束の料金を払いました。
「足リナイ」「えっ」「アイツノ分モ」
 一人の若者を指さしました。途中から現れ、私達に付かず離れずという様子で付いてきていた若者でした。私達はオジサンの友人だと思って気にも留めていなかったのですが、、、。
「ソレニ、時間モオーバータイムネ」
「ぬぁあにいいーっ!!!!。て、てっ、てめぇ」
 すっかり与太者と化した私は精一杯凄み、若者はヒューッと逃げました。事態を重く見たキリオはオロオロしています。「頼んでもいねえ奴に金を払えだとぉ? ざぁけんじゃねえっ」
「ジ、ジッ、時間オーバー?」
 そうか、そういうことだったのか。休憩所でこのクソジジイ(この時点では、やむを得ないでしょう)がやたら時計を見ていて、なかなか立ち上がらなかったのは、そういうことだったのか。
 事態を非常に危険だと感じたキリオのオロオロぶりは倍加され、私の方を心配そうに覗き込みます。
 「あんたの方が恐い」
 そういう目でした。それで、少し気を取り直した私は、オーバー分だけ足すことにしました。まんまとしてやられた訳です。ジジイは狡っ辛い目で薄笑いを浮かべつつ去っていきました。

 まだ、半与太者の私とオロオロ者のキリオが外に出ると、ドライバーが上機嫌で迎えてくれました。
「どうだい、楽しかったか?」と言っていたんでしょう。
 説明するのも腹立たしく、帰りの車に乗り込んだ私にドライバーが目配せしました。手にしていた紙袋を破りつつ「君らに貰ったチップでいい物を買った。これはいいぞお」
 手には買ってきたばかりの真新しいカセット・テープ。「さあ、これを聴きながら楽しく帰ろうぜっ」
 ガチャコン。
「ゲ、ゲ、ゲ、ゲッ、、、。

 まさか、、、、、、、、、、、、、、、、、、
  、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、。」

 





 流れてきたのは五輪真弓さんの歌声でした。

 「、、、、、」

 「、、、、、」

 

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