せみの八月

 



 何年ぶりかの夏の九州、佐賀市。噂の佐賀県の県庁所在地は、静かで穏やかな時の流れる小奇麗な町。

 
 今年は冷夏で夏の日差しを浴びる日も極端に少ないのだけど、この日8月10日は台風の後の青空が広がり、例年ほどではないとは言え、久し振りに九州の夏の日差しをたっぷりと浴びたのでした。




 
日曜日の朝、行き交う車も少ない駅から県庁に続く大通り


 ぶらぶらと歩き初めて、ふと振り返って人っ子1人いない通りに驚いてパチリ


 
でもしかし、静かだというのは実は真っ赤なウソ。確かに趣は静かなのだけど、こんな町のど真ん中の街路樹に無数の蝉が集会をお開きになっていて「ジージー、ガヤガヤ」うるさいのなんの。あまりにも声が近いので、木を見上げて見るといましたいました、いました達郎。木の一部分のふりをしたアブラゼミが。












 中々の貫録?
 改めて見て気付いたのは背中の模様。まるで昔のやっこ凧の絵柄にありそうな顔らしいものが見えます。子供の頃、夏休みには必ず蝉取りに行っていたのだけど、このアブラゼミは数が多すぎていくらでも取れるものだから戦利品としてはかなり価値が低かった。

 で、質より量ということになって、虫篭に最後は無理矢理押し込めるようにして入れたものです。以前BBSにも書いたようにバケツいっぱいの蟹と言い、虫篭ぎゅうぎゅう詰めの蝉と言い、何と言う残酷なことをしていたのでしょう?
 ま、子供は残酷なものなのです。家に帰って、殆どが絶命しているか、羽根がボロボロの状態の蝉を虫篭から取り出して見て、初めて「可哀想な事」を知るのです。


 珍しいアブラゼミ・ツーショット。少し離れているから、お互いに認識はしていないのかもしれません。この写真を撮った辺りから初老のサックス奏者は目がランランと輝き始め、人通りが殆どなかったから良いようなものの、かなり怪しい人になっていたのではないかと思われます。「童心に帰る」と言うより、子供になっていました。

 街路樹は大きいものではなく、ご覧の通り上品な趣がありました。


 




 とどめは下の写真。低い場所にいたコイツを見つけて手を伸ばすと、いとも簡単に捕まえることが出来たのです。内心ウヒヒ状態の私は早速片手で接写に成功。見れば見るほど背中の模様が不気味です。昔の非道を詫びつつ木に戻したのは言うまでもありませんが、手から放した瞬間、飛び方を忘れたような慌て振りから察するに相当焦っていたようでもありました。




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03 8/15


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