うそ

8 うそ


 人は誰でも大なり小なりうそをつく。うそはうそであって、うそに大も小もないものだが、人の数の何倍ものうそがエーテルのようにこの世を満たす。 
 大概はその場しのぎの自分を守るためのものではあるけど、それによって人が傷つく場合も混乱する場合もある。
 英語にはうその種類によって区別される言い方があるらしいことを最近知った。

lie 故意に人をだまそうとしてつくうそ、偽り、 虚偽 、強い非難の感情が含まれた語;
fib は実害のない軽いうそ
falsehood はわざと言ううそだが, やむをえない場合のうそ。
(研究社新英和中辞典より)

 普段ウソといえば、truthを反語に持つlieということだろう。軽いジョークはfib だろうか?怖い人達に絡まれたりして「私はお金など持ってましぇーん。それに家には病気の母が。」などはfalsehood という事か?
 飲酒検問で「あーた、冗談ではありませぬ。なにしろ酒の飲めない私が飲酒運転などと、お戯れを」ってのもfalsehood に近いとも言える。

 友人を介してO氏と知りあったのは、随分昔、20年近く前のことだ。
 O氏は国際的な某通信社のニューヨーク支局長という方だった。
 人品卑しからぬ風貌と穏やかな語り口、何よりも博識で豊富な話題が只者ではなく、一緒に食事をする時にも緊張を強いられた。
「さすがは国際ジャーナリスト」と、会った誰もが惹き付けられた。O氏氏が主催した新宿のライブハウスでのイヴェントに僕も参加させていただいた。
 ギャラも破格で、客席は著名なメディア関係者なども見えて満員だった。この日の僕は不調だった。貴重な場に呼んでいただいたのに報いることも出来ず、すっかり落ち込んでしまっていた。


 そのO氏が何をどう感じたのか僕を支援したいと言ってきた。
 「君は正直な人だねえ。いや僕もネ、いろんな演奏家に会ったけど、あれほどギャラを受け取りにくそうにした人は初めてだよ。」
 そう、ライブ後僕はO氏に言ったのだ。「今日はノーギャラにして下さい。でも、それじゃあ今日は逃げたということになってしまうから、次に挽回出来たら倍額下さい」。O氏は僕の上着のポケットに封筒を捻じ込みながら、「君は面白いねえ」と大笑いしたのだ。

 改めて会った日、とりあえずバンドの運営に当座必要なリハーサルスタジオの代金などを全額持つというような取り決めがあって、僕とY氏は飲み明かすことになった。O氏の話は多岐に渡り幾度も感動させられた。

 記者の時代。大統領にインタビューする事で有頂天になったこと。一記者にとっては大変な名誉らしい。得意になっていたが上司は素知らぬ顔。少しは誉めてくれても良さそうなものなのにとくさっているところに舞い込んだのがインドだかパキスタンの難民キャンプの取材。これは過酷を極めたらしい。
 本社に戻ると上司に言われたそうだ。「世界のトップと最下層を君は体験した。これで、君もやっと一人前になった。」

 苦学する新聞配達の青年と仲よくなって、銀座の高級なレストランで食事をした時の話。並べられた夥しい数のナイフとフォークに戸惑う青年を見て、「日本人が食事をするのにこれはおかしいな。僕も今日はこれは止めよう」と彼は言い、箸を使ってステーキを食べた話。

 音楽の話もした。僕の好きだったリー・コニッツの話を始めると、その詳しさはただの知識に止まらず、かなり深く歴史的な位置、技法的なことにまで及んだ。とにかく舌を巻いた。

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 その日を境に、僕とO氏はささやかながら苦生とパトロンのような付き合いになった。しかし、僕は何かしら得体の知れぬものを心の奥深いところで感じてもいたのだ。誰にでもあると思うが、ある部分で異常に敏感な所があって、直感のようなものだ。

 具体性は全くなく認識はしていないのだけど、小さな点のように見え隠れする。点が大きくなったときに直感が正しかったことを知る。不安は隠したいがために大事にしまい込まれ、ぬくぬくと肥大する。女性心理に関しては鈍感ではないかと指摘を受けたこともあるが、直感外のことにして謎は深まる。

 さて、O氏との付き合いはたまに会って話をする事はあったものの、些細なやり取りから見えるものは幾ばくもなく、疑念は実体を持たぬままにシミ程度のものにまでは成長していた。その詳しい経緯は書ききれるものではない。
 仕事から帰ってきたばかりのある日の夜、O氏から電話があった。

「今、私の誕生パーティをやっているんだが、君も出てこないか?六本木のXXXだよ。」
 気が進まなかった。それに12時過ぎだ。しかし、断りにくかった。咄嗟に出たうそが「今からまた仕事なんですよ。」「マズイ」とは思った。深夜から始まる仕事がないわけではなかったが、極々稀なことだった。ましてや一時過ぎからなどあるわけもない「仕事ォー、、、?。」

 電話は怖い。電話でうそが見破られるというようなことではない。顔を見て話すよりもうそはつきやすい。怖いのは声だ。僕が怖いと思うのは声が語る本性のようなものだ。それを聞き取れてしまうことは時として鬱陶しい。この日もはっきりと聞えてきた。
 取り繕ったり、小さなごまかしは可愛いものだ。怖いのは怒りだ。
 怒りは全てが攻撃的で取り繕う余裕もなく、声の主の素姓があらわになる。 

 「仕事ォー?」という声にはヤクザが舌打ちをしたような響きがあった。受話器を通してその空気までが伝わり、僕は凍りついた。ほうほうの体で電話を切り、考え込んだ。疑念が実体化した。
 僕の耳にはY氏の怒りの声から恐ろしいものが聞えた。

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 数日後、某通信社の東京支局に電話をしてみた。
「 Hi, XXX ! 」「あのぉ、、、。」
「ハイ、何デショウカ?コチラXXXデス」
「O氏はいらっしゃいますか?」
「Y?ドノ部署デスカ?」「良く分らないのですが」「チョット待ッテ下サイ。名簿ヲ調ベマス」
 入国者が様々な分野で100名以上居ることを知った。「見当タリマセン」
「ニューヨーク支局長だと聞きましたが、、。」
「ニューヨークニ支局ハアリマセン。近イトコロデハニュージャージー デス。」
 とんでもないことが分ってしまった。O氏が何者なのか、何をしようとしているのかは分りかねたが、直感は不気味なものとして形になった。

 O氏の周りには多くの人達がいた。面識のある一人にこのことを話したが、「そんな話しないでよ。悪意で人を見るのは失礼だよ。」と逆にたしなめられ、何も疑うことのない人達を説得するのは無駄だと知った。第一、何も起こっていなかったのだ。
 僕は一切関与を断つ事にした。

 数ヶ月後、O氏が最終行動に出たことを知らされた。
 ニューヨークに家を持つ筈の彼は、多くの人に格安でのニューヨークツアーを持ちかけ、出発当日行方をくらました。詐欺師だったということだ。被害額は知る由もない。
 被害を受けた方達は気の毒だとは思うが、僕は無傷で、僅か数万円の事とは言え、むしろ援助されたほうだ。ある部分、僕は対象外だったのかも知れない。
 しかし、いろんな意味で大したヤツだった。あれだけの頭があれば、普通に生きて相当の地位を得ることが出来たかも知れないのにと思う。

 夜の都会の街を闊歩するお偉方などを手玉に取るのが楽しかったのだろうか?
 単なるうそつきを超えた大うそ使いだった。 人と接触しないときの彼の顔は誰にも分らなかった。今生きている生活そのものがうそだという感覚は一体どんなものだったのだろうと思う。


04.2/11


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