4 いたずら
子供の頃のイタズラの数々。その中の幾つかは思い出すだけで冷や汗ものだ。
遡ること40年近く、全てが時効で「とやかく言われる筋合いはない」と居直ってみても、記憶は消えるはずもなく、時折思い出し笑いとともによみがえる。何と不謹慎な話だろう。
田舎の親戚の家は農家だった。跡継ぎがサラリーマンになってしまって、結局止めてしまったのだけど、当時は稲作もやっていたし、庭先には牛小屋もあった。
夏休みになると、必ず何日か御厄介になったりしたのも懐かしい。
小学校に上がる2年ほど前、事情があってその家に母兄弟共々居候をしていたことがある。周りは田園地帯で、少し足を伸ばすと畑作の農家も多かった。坂を下れば大きな川もあって、子供が遊ぶ場所には事欠かなかった。
ある夏の日、僕は隣家の女の子と、遠く畑の広がる場所まで遠征してみた。草いきれと虫の声、吹き抜ける風も生暖かく、正に夏の日。キリギリスの鳴く声も聞えたが、この虫を捕まえるのは中々難しい。腹いせに手に持った棒切れで辺りの草をなぎ倒しながら進んだ。
桑畑を過ぎ、突然現れたのは全体が沈んだように低いスイカ畑だった。手には棒切れ、、、。止める声も聞かず、十個余りのスイカを真っ赤に血祭り完了してコソコソと移動すると、次の畑の中央に見慣れないものを見つけた。
被せてあった簡単なフタを取り、中をのぞいた。さほど大きいものではなかったが、まぎれもなく井戸だった。井戸というものは、見つけると必ず石などを投げ込んでみたくなるものなのだ。井戸の底にある大きな石が頭を出しているぐらいの水量だった。
僕の目はたぶん輝いた。何度も何度も石を投げ込んだ。遂には、水が見えなくなるまで頑張ってしまった。任務完了した後、半べそになりそうな女の子をなだめながら家路についた。
この後の話は母から聞いた。夕刻、激昂した井戸の持ち主が怒鳴り込んできた。「あんたのところのクソガキが、、、●●★▲◎@♀£≧$@#$%^わーっっ。」 殆ど何を言っているのか分らないほどの怒りようで、わけの分らない母はひたすら謝ったらしい。
自分で覚えてないというのも不思議だが、人間都合の悪いことは忘れるもののようだ。そう言えば怒鳴り声を聞いたような気もする。隣の女の子が親に追求されて白状したらしいのだけど、何といい子ではないか。
姫路で小学校に入学した。この町での悪ガキ振りは、それだけで1冊の本が出来るぐらいだ。
姫路城に隣接するように動物園があった。周りは城の堀と高い石垣。地続きの境界は、上部に鉄条網付きの高いフェンスが張り巡らしてあった。僕等、4人の悪童共はフェンスに穴でも開いていて、何とかタダで入れないものかと歩き回った。
甘くはなかった。諦めかけた時に僕は思い付いたのだ。フェンスの先端の堀側への張り出しは、7、80センチ。いける。説明したのはこうだ。フェンスにしがみついて先端まで行ったら、抱え込むように体を回す。下さえ見なければそんなに怖くはないぞ。侵入に成功して、最初に見るのはいつも七面鳥の小屋だった。隣にはフクロウの小屋があって、誰かが「ホオー、ホオーッ」とやると、突然七面鳥が「ウケケコッ、コッ、クルルコッ」と形容しがたい凄い鳴き方をしたのだ。
その反応を知った僕等のやった事はと言えば、何度も何度も、七面鳥がすっかり疲れるまで鳴かせることだった。気の毒なことをした。
同じ顔触れで山に遠征したことがあった。石切り場の跡のような場所に行き着いた。様々な資材などが放置されていて、僕等は歓声を上げた。池のような水たまりの横、雑草の生い茂る中に隠れていたレールを辿って僕等は登っていった。
トロッコの姿をみつけた僕等は息を飲んだ。「お待ちしておりました」そう言ってるように思えた。想像していたものより大きく手強そうな乗り物で、錆びてはいたが何よりも鉄製の車輪が偉そうだった。
押しつつ、動き出したら皆で乗り込む手筈だった。重いトロッコは「ゴトッ」と音を立てて動き出した。叫びながら乗り込んだ。後から押していた奴は乗りそこねて倒れ、大声でわめいた。音はでかくなり、スピードは増した。
皆の顔から笑いが消えた。恐ろしいスピードになった。止め方なぞ分るはずもない。恐怖で顔が引き攣り声も出なかった。カーブが近づくころには誰の顔も二重に見えた。
突然、体が宙を舞った。悲鳴のような音をたててトロッコも水たまりに突っ込んだ。目から火花が出て、錆びた匂いがツーンと襲ってきた。僕は鼻血だけですんだ。
皆、擦り傷ぐらいで大した被害はなかった。誰かが笑っていた。泣き笑いのような声だった。誰もが恐怖を味わった。一人乗り遅れた奴が残念そうに走ってきた。僕等は全員で笑った。何かとんでもないことを成し遂げたような気分だった。
小学校3年の時に佐賀市の小学校に転入した。日新小学校の校舎の中央にある講堂は、四方を廊下に囲まれていた。後方にある廊下には、窓に向かって陳列棚のようなものが並んでいた。どういうものが収められていたか、詳しくは覚えていない。覚えているのは、握りこぶし大の陶器の人形だ。
陶器でない物もあったかも知れないが、それは世界各国の民俗衣装を身に纏ったペアの人形だった。アジア、ヨーロッパ、アフリカ、、、、、。かなりの数のものがガラス戸の中に収められていた。
5年生か6年生の頃だ。
放課後の校内を、僕と友人はブラブラと歩き回っていた。「何か面白いことはないかな」陳列棚の前に来た僕はひらめいたのだ。軽い作業で面白かったが、案外時間はかかった。
「今日はこんなところで、、。」 僕等は下校した。
次の日、そんなことはすっかり忘れて登校すると、陳列棚付近に人だかり。そこで思い出したのだ。「あっ、まずい」大変な騒ぎになるのかと、恐る恐る近付くと意外にも皆静かなのだ。みんな黙ってガラスケースを見つめているだけなのだ。それとなく様子を窺うと、口をポカーンと開けた女の子までいる。
近付いてきた担任の先生の反応も面白かった。
陳列棚をのぞいた先生はニヤッと笑い、うつむき加減に顔を赤らめながら、誰に言うでもなく「元に戻しておくように」と言うや、肩を震わせつつ去っていったのだ。ガラス戸の中で起っていた事はと言えば、ペアの人形がそれぞれ向かい合ってもたれ合い、キスをしていたのだ。
インディアン、中国人、ブルガリア、スイス、インド、アメリカ、、、。14、5組のカップルがキスをしている様子は、人形とは言え壮観だった。
生き生きとした人形を見ていた誰もが憧憬の眼差しであったことは間違いない。
その後、棚には鍵がかけられるようになった。
03.8/26