レコード

 

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 今、手元にあるCDの数およそ1000枚強、アナログ盤700枚弱。あろう事か未開封のCDが何枚もあったりする。まあ、コレクターの方などはこの比ではないと思うが、年齢的なことから考えれば残された時間に処理するには多すぎるデータ量だということに、最近気が付いた。

 CPU はたぶん時代遅れ、脳味噌のハードディスク容量にしても古いファイルを捨てて空きスペースを確保するしか方法はない。元気メモリは足りているはずもないが、長年の経験から培われてきた仮想メモリみたいなもので凌ぐ現状。
 かてて加えて昔ほど頻繁に聴くこともない。大体、音楽を生業にしている人間が素直にソースを楽しめているかどうかもかなり怪しい。

 しかし悪い癖で、たまに覗いたCDショップで何も手にせずに出てくるという事がなかなか出来ない。目ぼしい新譜がなければないで、CD化された懐かしいアルバムを手にすることになる。アナログ盤ですり切れるほど聴いたものだから、一回確認程度に聴いてみて「よしよし」で終わるのにだ。

 若いころ聴いたものを良く覚えているのは、何も若かったからというだけではない。2、30枚程度のものを毎日取っ換え引っ換え聴いていたからだ。

 つまるところ、勉強するのに何百枚もの音源は必要ない。ほんの何枚かあれば充分なのだ。一枚の隅から隅まで、ベースのラインからドラムのちょっとした合いの手まで、すっかり理解できれば充分だということに気が付くのに何十年もかかった。そりゃあ知識は多いにこしたことはないような気もするが、創造するという過程では余計な情報が混乱を招く。
 自分を磨くのではなく、せっせせっせと人の音楽をためつすがめつなぞっていただけではなかったのかと思ったりするのだ。

 上京する時、レコードは荷物として送ることが出来ず、底が抜けそうになったトランクに詰めて持ってきた。それ程レコードは大事なものだった。 誰もがレコードを貴重なものとして扱い、輸入盤などは人に貸すこともためらわれた。

 ゴミが付かないようにスプレーを吹きかけ、丹念に拭いて仕舞った。
 考えてみれば、30年位前の1800~2000円というのは恐ろしく高価ではあった。(輸入盤はもっと高かった!)

 時は移りCDの時代になった。ブラックボックスのようなプレーヤーにCDが入っていくのを見た瞬間、なかにし礼さんは「僕のやるべきことは終わった。」というように感じて作詞家を辞め作家になられた。
 そのことを何かで読んだとき、その気持ちが凄く分るような気がした。僕等の世代がレコードに感じていたロマンのようなものが失せ、只のデータになってしまったようだった。

 たぶん、オヤジのノスタルジーのようなものなのかもしれない。CD紹介のページを作っていてそんなことを考えた。とは言え、聴くかどうかも分らないCDをまた買いそうな気もする。

      03 1/13


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