1987年

5 1987年頃 六本木ピットイン 




 年代は推定で確信はないが、3年間山下氏のツアーで一緒に過ごした野力奏一(のりきそういち)氏とは度々付き合いがあった。彼が書いた映画音楽にもいくつか参加したし、今や知る人も少なくなったが、グループでのレコーディングもあった。

 このスタイル抜群の歌手はテレサ・ジョネット。野力氏がアレンジャーでのレコーディングに参加した流れだったのか、今はなき六本木ピットインでのスナップ。
 テレサのライブはこの日だけだったと記憶している。どんな曲をやったのかほとんど覚えていなくて、アニタ・ベイカーのアルバムの中からの曲があったような気がするし、スティービーの曲もあったような。

 ライブの数日前、バンドだけのリハーサルを青山ビクター・スタジオのリハーサル室でやった。ずいぶん長い時間のリハーサルだった。というのも、野力氏のアレンジが全く出来ていなかった。スタジオ入りしてから考えるという無茶なパターンだった。彼がスタジオで一人キーボードを前にウンウン唸ってヘッドアレンジを完成させると、僕らメンバーが呼ばれて音出しして確認。
 それが終わると次の曲のアレンジ開始、アレンジ苦悶4、50分、演奏15分という具合に進行した。アレンジで苦しんでいることに関しては誰も手助けできないから、僕らはスタジオのロビーでずっと遊んでいた。30分ぐらい経つと、誰かがリハーサル室のドアを開けて「出来た?」と尋ねたりしていたが、徐々に不機嫌になっていくのが分かり、催促するのはダメだということになった。もちろん遊ぶことは止めなかったが。

 結局この日は8曲ほどで時間切れになった。それでも昼過ぎから入って夜の12時近くになっていた。残りは当日のリハで仕上げることになった。

 誰が言い出したのかは知らないが、この日はタキシードでやることに決まっていた。本番直前までリハをしていたものだから「・・・はコーダに入ったらXタイムリピートで、、、合図は誰が出すんだっけ。えーと」「それはあたしです」などと新しいアレンジの確認をしつつ、慌ただしく着替えてステージに上がった。
 妙なことにこの時のメンバーが誰だったかはっきり思い出せない。確かギターに土屋(つちや)のおっさんと呼ばれる方がいたような気もするが、それよりも控室での焦ったような着替えのシーンの方がリアルに記憶されている。


2013 10/09


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