10 1997年 仲井戸 "CHABO" 麗市 川崎 / クラブ・チッタ
CHABOこと仲井戸麗市氏との付き合いは古い。プライベートで行き来があるわけではなく、たまにお会いする程度のものだが、それでも古い。1981年頃、売り出し中で勢いを増していた「R・C・サクセション」にはサポートするサックス奏者がいた。その方のスケジュールが合わないときに度々駆り出されて共にステージに上がった。テレビの収録とか旅先でのステージを覚えている。
当時の彼らはメイクを施してステージに上がっていた。化粧などしたことはないが、フロント陣が化粧している中でノーメイクではかえって目立ってしまうというのでチャレンジした。適当にシャドーなどを塗りたくり、だいたいゾンビのようなものになった。それでステージに上がると、なんだか別人になったような気もして実に新鮮だった。だからといって化粧が癖になったわけでもない。同じ年、沢田研二さんのツアーも手伝った。ジュリーもメイクが派手な頃で、バックバンドのエキゾティックスも全員メイクをしていた。それに付き合ってみたかどうかは覚えていない。
チャボは気遣いする人だったから、ステージ上ではよく側に来てサックスとの絡みをしようとしてくれた。しかしながら、慣れない当方としては困惑もあって「ここから中には入らないこと」などと言って線を引いたりして見せた。それでも笑いつつ来たが。
強烈なインパクトのあるロック・バンドだった。ある大学祭でのステージを覚えている。もうアンコールも終わりという最後の曲で、エンディングの音でギターもベースも弦を緩め始めた。音が出たままだからサウンドはウーンと下降する。その音で観客の何かが切れるらしく、何人もの客がステージ目指し、あらかじめ備えてあった椅子や机のバリケードを乗り越えて迫ってきた。スタッフは慌てて制止しようとする。「あっ、やばい」と恐怖を感じた。逃げるようにステージを下りた。
「R・C・サクセション」は不良っぽいバンドとして受け入れられていた頃だった。なにしろファンレターの中にスキンが入っていたりしたのだけど、実のところ彼らは真逆のピュアでおとなしい連中だった。その中でもチャボはイノセンスという言葉がふさわしいと思えるほど内気で毒のない人だった。まさにナイスガイだった。彼といると自分がとても不良っぽく思え、たぶんチャボにはそのように見えていたのかもしれない。同世代の仲間には「ふちやん」と呼ばれていたが、チャボもそうだった。その「ふちやん、さ」で始まる説教をされたことも懐かしい。
その頃、新宿のコマ劇場の下にあったライブハウス「カーニバル」で自分のバンドのライブをやった際にチャボは客として顔を出してくれた。ステージの最後の曲の前、客席に彼を紹介した。ギターを弾かないかというと、あのシャイなチャボがステージに上がった。それで、彼はいつものロック野郎っぽい表情を見せつつ演奏した。ギターを弾きつつ舌を出したりするわけだ。無茶なことやらせたなあという後悔も残ったが、何よりもあの場の雰囲気を読んで演じてくれた彼に感謝した。

写真は「GREAT SPIRIT」1997が発売された際のライブでの一コマ。新宿ピットイン時代の仲間、ベースの早川岳晴がこのバンドを手伝っていて、その関連でレコーディングの話があり、1曲だけ参加した。
当日、サックスの参加は極秘でチャボにも知らされていなかった。サプライズで登場することになっていた。本番まで顔を合わせないように隠れ、レコーディングに参加した曲になって突然登場して吹き出すのだ。
写真を見ると、困惑気なチャボの表情が見えておかしい。
2014 9/2