サマー・ジャズ・イン高山

9 1976年夏・飛騨高山

 浅川マキさんのステージのために編成された、つのだひろさんのバンドでの出演となった、サマー・ジャズ・フェス・イン高山。


 
名古屋からここに至るまでが大変で、事故渋滞などで通常では考えられない長時間の移動となった。名古屋駅を10時ごろ出たバスが着いたのは夕刻に近い時間だった。この写真は到着したときのものらしい。右端の変な帽子をかぶった方がつのだひろさんで、その左のヒゲの男はトランペットの佐々木秀人氏。
 
後年、彼はドリフの「全員集合」をやっていたバンドに入った。それで、久しぶりに会ったとき「おまえさ、あれって生だろ?じゃ、さ、一回さ、小旗でも持って振ってくれない?オレにだけ分かりゃあいいからさ」と頼んでみた。ま、半ば冗談、半ばやりゃ面白いな、ってなものだったが、忘れた頃に再会した際に「ね、ね、見てました?えっ、見てなかったんすか、ええーっ。オレ超恥ずかしい思いして手振ったのに」ということだった。本当にやるとは。
 その秀人の左に見えるのがアルトの坂田さんで、少し隠れるように洋輔さんも見える。その左の後ろ姿は向井さんっぽいが定かではない。

 つのだひろさんはとにかくハチャメチャに面白い人で、渋滞ですっ止まったバスの中で退屈しなかったのはこの方のおかげ。とにかくいつでも頭が高速で回転しているらしく、話術に長けみんなを飽きさせない。しばらくの間、僕らの乗ったバスは笑いが絶えなかった。途中、同じバスだったサックスの坂田さんも近づいてきて参入を試みたが、太刀打ちできずに席に戻られたほどだ。一日中付き合っていると少々疲れるのは仕方なく、しかしながらその活力は超人で間違いない。

 さて、ステージの写真は雑誌の記事だから、引き伸ばしてもこんなもので分かりづらい。トップバッターだと思っていたが、他の出演者の情報などを整理すると2番手のような気もしてきた。しかし、ステージに上がったのがまだ明るい時間で、進行するに従い暗くなっていく幻想的な景色だったことを覚えている。ありがたい時間帯だった。
 このころ、自分のバンドは解散していたらしく、次のステップは見えていなかったが、このようなステージでの演奏、ソウル色の強いサウンドなどに惹かれていることを自覚していたような気もする。スタジオミュージシャンに向かっていたのかもしれない。


 あまりにも分かりづらい写真なので、分かりやすいものを一葉。ちょうどこの年、スイングジャーナル誌の付録として「日本ジャズ人名辞典」というものが発行された。ジャズメンではないし、気恥ずかしいものなのだが、まあ、そういう時代だからいいのだ。その中の記事でバンドが解散していたことなどが分かったわけだ。写真そのものは3年ほど前のものを送った記憶がある。
 この小冊子の楽しいところは当時の仲間が一人残らず掲載されていること。刊行された頃は知らなくとも、その後スタジオの仕事などでよく会った人なども含めて。その誰もが笑ってしまうほど若い。で、何年かに一度開いては笑っているのだ。









2014 6/22


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