12 Wilbur Harden



2008年 3月8日 Wilbur Harden

ウィルバー・ハーデン

 
 
トランペット(フリューゲル・ホーン)奏者、Wilbur Harden(ウィルバー・ハーデン)の情報は極めて少ない。トランペット・プレイヤーですら知らない人が多い。彼の名がジャズ史に刻まれているのは、コルトレーンのレコーディングに名を連ねた、58年7月11日のセッションによるところが大きい。当時、マイルス・バンドに参加していたコルトレーンは、マイルスのリズムセクションを起用したレコーディング(プレスティッジ)にウィルバー・ハーデンを招いた。この時録音された8曲は、3枚のアルバムに分けて収録された。

「Bahia」「Stardust」「Standard Coltrane」に分けて収録されたものを1枚にまとめ、「Stardust Session」としてCD化されたのが上の写真だ。

 このセッションによる演奏を初めて聞いた時、トランペット奏者の名は偽名ではないかと思えた。演奏家が、レコード会社との契約の関係で、正式にクレジットされないことがたまにあった。これも、そうした中の一人ではないかと思えたわけだ。類い稀な歌心にあふれたトランペット奏者が無名のはずがないと思えたし、例えば、ドナルド・バードとかケニー・ドーハムとかの変名かと思えた。それほど、謎のジャズメンだった。

  何度か聞いているうちに、このトランペット奏者が独特のラインを紡ぎ、フリューゲル・ホーンでの演奏に際立った魅力を放っていることに気付き、ブツッ、ブツッと切れるようなフレージングの特徴に惹かれ始めた。当初、彼の情報は「ジャズ史上、最もミステリアスな演奏家」と紹介されているだけで、生年も何も分からなかった。最近になって、ようやく少しずつ情報が増えてきた。それでも、彼の写真類は相変わらず少なく、上のイラストも、あるアルバムのジャケット写真から起こすしかなかった。

1924年12月31日、アラバマ州バーミンガム生まれ。1969年没

  R&B系のバンドにサイドメンとして参加した後、兵役でネイヴィー・ーバンドでも演奏。デトロイトに移住。1957年、トロンボーン奏者カーティス・フラーの後釜として、ユセフ・ラティーフのバンドに加入。これが、ジャズメンとしてのデビューとなり、サヴォイ、プレスティッジ、ニュージャズ、各レーベルによる5枚のアルバムに参加。1958年、コルトレーンのセッションの他に、サヴォイで4枚のアルバムを録音した。このうちの3枚にはコルトレーンが参加している。クァルテットで録音された1枚は、ミュージカル「王様と私」をジャズ化したもので、好評だったらしいが、現在は入手出来ない。1960年6月6日、カーティス・フラーのレコーディング・セッションを最後に音楽界から姿を消したとされている。病気だとされているが、病名などは発表されていない。結果的に、58年のコルトレーンとのレコーディングが、聞き続けられるだろうということを考えれば、彼の全てになった。彼のソロは時に優しく、時に強引なラインで自己主張する。

  下の楽譜は「My Ideal」のソロ冒頭部分。4小節目のC7を、コルトレーンは強調するように吹いているが、バーデンはないものとしているかのようにG7で押し通している。ベースのチェンバースのラインはC7だ。粘り気のあるリズミックなアプローチが小節を埋める。マイルスはタイトなリズムでラインを送り込む人だった。それで、リズム・セクションは、ハーデンのソロになると、自分たちがタイトにならなければと、力が入っているように聞こえるのがおかしい。


 「I'm A Dreamer Aren't We All」は、ハーデンのソロが最初だ。この風変わりなソロは、コード解釈もあるのだろうけど、リズムセクションを驚かすには充分だろうと思われる。C、B7,Bb7、A7をC、F7,Bb7,Eb7とすれば、成立はするのだけど、B7の箇所でのフレーズの後、2小節間沈黙する。この間が何とも言えず面白い。で、気を取り直してA7で復活するラインが、先ほどと同じものでリズムをずらせただけ。彼の頭の中ではBb7でも同じものが鳴っていたのではないかと思える。どうしてか分からないが、B7でBbの音が吹きたかったらしく、戻った箇所でも同じようなアプローチを試みている。

  彼のソロラインは、大向こうを唸らせるようなものではないが、その自然さが滲みるようでもあり、特にコルトレーンの怒濤のような音数の後ではホッとする部分がある。



 コルトレーンとの初レコーディングは「Stardust Session」の4ヶ月前に遡る。3月13日にサヴォイ・レーベルによって録音され「Mainstream 58」として発表された。曲は全曲ハーデンのオリジナルで、実質ハーデンのリーダー・アルバムだが、The East Coast Jazz Sceneと銘打って、コルトレーン、トミー・フラナガン、ダグ・ワトキンス、ルイ・ヘイズが同位でクレジットされている。ここでの曲は、当時のジャズシーンの流れの中で、特に変わったものでもなく、ベニー・ゴルソンのオリジナルかと思えるような曲、バードのようなブルースと、ま、いわゆる主流派と言える。吹きまくるコルトレーンが強烈なインパクトを放ち、最近国内盤で再発された。
 「Mainstream 58」の評判が良かったのか、5月と6月にもサヴォイでのレコーディングは行われた。6月のセッションは「Jazz Way Out」として発表され、これも再発されている。


「Jazz Way Out」は、ソロ部分の展開はさておき、全編のテーマをアフロ風味で色付けしている。3曲目の15分近い「Gold Coast」のイントロ部分、2曲目の「Oomba」に聞こえるオスティナートの上での展開などに、次の時代の兆しが聞こえる。




 「Gold Coast」ベースの基本パターンはGで、これをペダルとして考えよう、ってなところだったようだ。冒頭、3管で示されるスケールが、この曲の目論見を表している。
 ソロは、普通にGmで展開するわけだが、テーマを聞く限り、ハーデンの頭の中には、4度のハーモニーなどモーダルな展開のアイデアがあったのかも知れない。モーダルなものに向かう欲求は、マイルスだけではなく、当時のミュージシャンの多くが何らかの形で感じていたと思われるからだ。
 この次の年、マイルスは「Kind of Blue」をレコーディングした。未知の可能性を秘めていたと思えるウィルバー・ハーデンは、病に倒れ、僅か3年でジャズ・シーンから姿を消した。


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