Art Blakey  ・Monk ・Miles ・ Cannonball を知ったころ

 立花隆さんの著作に「ぼくの血となり肉となった500冊 そして血にも肉にもならなかった100冊」というのがある。血になったかどうかは分からないが、とにかく多くのレコードを聴いてきた。立花さんはその本の中でこんなことも仰っている。 

 この装置で初めて聴いたジャズが、17cmLPの「アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズ」

   

 どちらの楽曲にも、目のくらむような妖しさがあった。クラシックの古典にも、現代の作曲家の作品にも聴くことのできない不躾な与太音が詰まっていた。言ってみれば色気の塊のようなものだった。何度も何度も盤を返しながら聴いた。「この辺で止めにしておかないと擦り切れてしまうかも」と心配になるほど聴いた。
 ブレイキーが推進する強力なリズムに引き込まれたことは間違いないが、天才リー・モーガンの余裕ある粋さ加減というものが、またたまらなかった。言葉は知らずとも、「ファンキー」を体感していたことになる。

 

ソロの終わり方も粋なものだった。

 

 さて、『モーニン」。テーマはメジャーでソロチェンジはマイナーで行われるこの曲はテーマの演奏が案外難しい。

 記譜するとこのようなものになるが、4拍目の裏にアクセントがあるせいで、次の16分音符の4つと4拍目の裏の音(Bb)が連符(Bb B Bb Ab F)に聴こえる。ようするにニュアンスの問題なのだが、ティモンズのように響かせることはそれなりに難しい。

 ブレイキーのバンドに女性ピアニストのジョアン・ブラッキーンが入って来日した折り、友人はバンドのリハーサルを見学する幸運に恵まれた。そのリハーサルでは「モーニン」が最初に取り上げられ、「それがさ、モーニンの最初のテーマから先に行かないんだよ。最初のフレーズを弾くだろ、するとさ、ブレイキーがノオーって言うんだよな。で、また弾くだろ、ノオーって感じでさ。ずっと頭んとこやってんだよ。」「他のメンバーはどうしてんの?」「そりゃ、もう、さ、楽器持ったまま突っ立ってんの、そのまま。たぶん、あのピアニスト初めてだったかも知んないんだけどさ、厳しいよな」

 ま、バンドの看板のような曲だからさもありなんだけど、この御大に新宿のクラブで接近遭遇したのは、このレコードを聴いてから5年ほど後のことだった。

(3/14・2014====19日加筆)


 この先どれほど紹介できるかと考えれば、この項も少しはスピードアップせねば、というので若干ペースアップ。  さて、ブレイキーの世界にはまっていたころ、同級生のどちらかというと軟派系だった島本が曰くあり気な目つきで近づいてきて言う、『これ買わねえか」

 

 「煙が目にしみる」「ウィー・シー」のカップリングで、モンクの他はテナーのフランク・フォスター、トランペットにレイ・コープランド、ドラムはアート・ブレイキー、ベースにカーリー・ラッセルという布陣。

 
 

 この2曲入りアルバムのリリースに当たっての選曲はなかなかいいセンスだったと思う。

 

 この数年後、70年代に入ってからモンクの来日公演を聴く機会が訪れた。しかし、同時期に聴いたジャズメンの多くがそうだったように、モンクもまた全盛期の輝きには及ぶべくもない散漫な印象でガッカリさせられた。もちろん、モンクの音楽として楽しめなかったわけではないが、サックス奏者も無名の新人でチャーリー・ラウズでもなかったし、深く傾倒したころに感じていた神通力は失われていた。

 遅ればせながらやってきたのがマイルス・デイヴィスだ。

 

 マイルスのレコードに収められた曲というものも、初心者にとってはありがたいものだった。A面の2曲は「ルグランジャズ」から。いわゆる「michel legrand meets miles davis」から「'Round Midnight」「Django」が選ばれ、B面には「死刑台のエレベーター」からの3曲がチョイスされていた。ルグランのアレンジはハープなどの入った甘味のあるサウンドで、言ってみりゃあ夢見心地にさせてくれるオーケストレーションだった。



 数年前、ルグラン氏と仕事で御一緒することがあって、このレコードがいかに大切だったか伝えたかったのだが、肝心のレコードを忘れてしまい、話す切っ掛けが掴めないままに終わった。返す返すも残念だった。
 ジャズファンでない人たちにもマイルスが知られるようになる大きな切っ掛けであったとされる映画「死刑台のエレベーター」のサウンドトラックの魅力は田舎の少年にも充分に伝わり、このトランペッターがただ者でないことぐらいは解った。ましてや、FM放送で「カインド・オブ・ブルー」から2曲ほどをエアーチェックして聴いてしまうと、その時点でマイルスは特別な人になった。

 「死刑台のエレベーター」の中の「ドライブ・ウェイのスリル」を何とか採譜しようと試みたがテンポが速過ぎてレコードから直接は無理とあきらめた。このトラックは「Sweet Georgia Brown」のコード進行を元にしていて、マイルスの「Dig」も同じ進行のもの。
 この進行の特徴は、冒頭の3つのコードが4小節ずつ変化するもので、一つのコードに与えられたスペースが長く、いわゆるモーダルなアプローチに近いことを試すことができたようにも思われる。ようするに2拍単位でチェンジするコード進行の説明のようなラインからは解放される。このレコーディングのでサックスのバルネ・ウィランはこのとき19才だか20才だかだったことを最近知った。げっ、そりゃ、すごい。
 キャノンボール・アダレイのジャケットは無くしてしまったようだが、ミルト・ジャクソンとの「Things Are Getting Better」と「Them Dirty Blues」が収められていたものを聴いていた。
 どちらの曲も気に入っていたが、特に「Them Dirty Blues」のソロラインに魅せられ、全員のソロをいつの間にか覚えてしまった。



 ジャズに関していえば、この下のものを含む4枚が何らかの形で血と肉になっていったのは間違いないと思われる。しかしながら、高校生の時代はジャズメンになりたいなどと考えていたわけでもなかった。それに触れなければ先に行けないというほどの影響力を持ったものが他にもあったからだ。


(3/24・2014)

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