猫に出会った日

 さて、猫です。元々、どちらかと言えば飼っていたこともある犬派で、猫にさしたる興味はありませんでした。しかしながら出会いは突然訪れました。2001年の元旦0時過ぎた頃、近くにあった氷川神社に初詣でに行こうと思い立ちました。家を出て山手通り沿いに坂を下るとすぐ神社でした。

 山手通りに向かって左折すると、猫に声をかけられました。声をかけられるというのも変な話ですが、確かに呼び止められたと感じました。「おっ、お前、なんだ。どうかしたのか?」と返事をしましたが、かまうことなく坂を下り始めました。しばらく歩くと、また後ろの方から猫の呼ぶ声がします。小さな黒い塊のように見えた猫は、こちらを向いて鳴いています。変な猫だなあ、などと思いつつも神社に入り、少々混んでいる神社でお参りを済ませて帰路につきました。

 その間30分以上は経っていた筈ですが、また家の手前で先ほどの猫に呼び止められました。声を出すだけではなく、足元をグルグルを回りながらまとわりついてきます。それで抱き上げて「どうしたんだ。迷子になったのか、おまえ」などと返事をすると、キョトンとした顔でこちらを見上げました。

 仕方ないから、取りあえず家に連れて帰ることにしました。どうせすぐ逃げ出すに違いないと思っていたのです。しかし、家に入れても恐がるでもなく大人しくしています。「これは何か食うもの買ってこなきゃな」と、すぐ裏手のコンビニに駆け込んで猫缶を幾つか買ってきました。部屋に戻って驚きました。猫はすっかりベッドの上でリラックスしていたのです。

 いったいどうなっているんだろうと訝しみつつも、ま、今晩だけでも泊めることにするかと段ボールにバスタオルを敷いてベッド代わりにしました。人に慣れた様子でしたから、どこかで飼われていたに違いありません。寒い夜でしたが、気が向いたら帰れるようにと、出入りができる程度に窓を開けて寝ることになりました。

 用意した寝床に収まり「わたしも寝ます」という風でした。どちらにしても朝起きるころには帰っているに違いないと思っていたのです。

 それで翌朝、起きた時には猫の存在を忘れていて、起き抜けの寝ぼけ眼で、ベッド後方から心配そうにこちらを覗き込むねこの姿にビックリして「あれっ、おまえ帰らなかったのか」と声を掛けました。

 その声を聞いたねこはホッとしたようにも見えました。前夜買っておいた猫缶を開け朝食です。なんだか居座る気満々のようでした。

 元旦からねことの生活が始まったのですから、妙な年明けでした。見ず知らずのねこだったはずなのに、ねこの方では頓着無く、この部屋で共に過ごすことについての問題など考えもしていないように見えました。

 こちらの顔を覗き込む様子は「あの、いてもいいよね、あたしゃここにいたいんだけど、いてもいいよね?」という風にも思えました。傍にいることが嬉しくて仕方ないというようでしたし、ねことは言え、懐かれて不愉快になるものでもなく、「ま、一時的なものに違いない」と考えつつ共に過ごすことになったのです。

 この日が19年も続くねことの生活の出発点になりました。

 猫と同居した経験はなく、どうしていいか分からぬままに過ごすことになり、トイレは背の低い段ボール箱に新聞紙を敷き詰めて代用といった案配でした。ねこの方はこちらの困惑にお構いなく、毎日が楽しくて仕方ないというように見えて苦笑せざるを得ない日が続きます。

 いつでも元の家に戻れるようにと、ベランダ側の窓を開けて出入りは自由。少しは外に出るのですが、外からこちらを見つめて何かを伝えるような素振り。どうやら一緒に外で遊ぼうと言っていることに気付き、玄関から出てベランダ側に回ってみると、「それです、それです」とでも言うように走り寄ってきて、周りをクネクネと寄り添うように歩き回り喜びを表現するのです。

 「うーん、どうしてこんなに懐いちゃったんだろう」と不思議な気がしたものです。しかしながら、どこかで飼われていたに違いないねこであることは疑いようもなく、飼い主は探しているだろうなという心配は拭えません。車に乗せ、友人の家に連れて行った際も、まるでこちらの飼い猫であるかのような態度を崩しませんでしたから、うまくいっている猫と飼い主にしか見えないのことでした。

 1月の8日には浜松でコンサートの仕事が入っていましたから、前日の夜はそのライブのための譜面作りに追われていました。パソコンの画面に向かうのを怪訝そうな表情で「何をやってんの。遊ばないの?」という風に、見つめるねこの姿がありました。多少イライラしていたこともあったのですが、この猫は元の家に帰すべきだとの思いが強まり、入っていた段ボールの箱を持ち上げ、そこから猫を出して言っていました。「おまえね、もう家に帰れ、な」。

 いきなり箱から出された猫の目はすべてを悟ったように見えました。少し寂しそうな目で見つめ返し、そのまま窓から外に出ていきました。譜面作りの作業が終わったのは深夜2時頃、外を見ると雪が降り始めていました。

 しまったと心配する展開で、「あいつ家に帰れただろうか」との後悔に襲われました。外は雪が降るほどの寒さにも係わらず、戻って来れるようにと窓を少し開けて寝ました。朝。猫は戻っていません。浜松は日帰りの仕事でした。もしかすると戻ってくるかも知れないと、昨夜と同じく猫が通れるほど窓を開けて出掛けましたが、帰宅しても猫の姿はありません。

 自責の念と後悔は日を追う毎に強まりました。名もない猫、雄だか雌だかも分からない猫でしたが、大事にすべきものを1週間で失ったような気にもなりました。それからもしばらくは窓を開けて眠りにつく日々が続きましたが、猫が戻ってくることはなかったのです。あの猫がその後のパスタやみかんを呼ぶ使いのものだと思えるようになったのはずいぶん後のことです。ねこを失った気持ちが強まり、一緒に暮らすねこを欲しがるようになりました。

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