Portrait2

Thad Jones & Mel Lewis Jazz Orchestra

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 1970年前後、突如来日したのがサド・ジョーンズ&メル・ルイス オーケストラだった。サドの弟エルヴィン・ジョーンズの日本人の奥方は、無謀にも何の予定も立たぬままにオーケストラの来日日程を決めてしまったということだった。
 素人の思い付きだからどうするつもりだったのかは分らないが、最悪だったのは会場を押さえていなかったことだ。大所帯だ。大変だったに違いない。赤坂のキャバレー「月世界」に急遽出演するなどしたようだった。  

. このバンドにはペッパー・アダムス(Baritone sax)、ジェローム・リチャードソン(Alto sax)、エディ・ダニエルス(Tenor sax)などがいた。ブラスセクションも当時気鋭の売れっ子プレイヤーばかりだったから聴きに行けなかったことは残念でならなかった。ベースのリチャード・デヴィスは中でも超多忙な人で、結局途中で離日せざるを得なくなり、稲葉国光さんが替りを務めた。

 後に、この時の新宿ピットインでの緊急ライブに行った人から話を聞いた。

「いやあ、凄かったよ。とにかく全てが圧倒的でさ、あんな近い場所で聴けたんだから興奮しちゃってさ、ほらすぐそこに皆いるっていう感じだよ。面白かったのはサ、サドはソリストをその都度指さして指名すんだよ。そんで何曲目かでローランド・ハナを指さしたわけよ、そしたらサ、ハナが表情一つ変えないでサドを指し返したんだよナ。バンマス、慌てちゃって、焦ってフリューゲルホーン手にしたんだけど。その様子が何だか可愛くてさ」

 和気あいあいとしたバンドの雰囲気が伝わる話だ。

 営業的には散々だったと思われる初来日だった。この後、メンバーがかなり交代して再来日したコンサートを聴いたのだが、この初来日のメンバーが史上最強だったようで返す返すも残念なのだ。釣り落とした魚ということだろうか。



Eubie Blake & Earl "Fatha" Hines

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 ありし日のピアノの巨匠ツー・ショットということになるのはユービー・ブレイクアール・ハインズ。ユービーは言わずと知れたラグタイムの巨匠で、「Memories of you」の作曲者であり、100歳までステージに立った言わば伝説のジャズメン。

 ピアニストにスポットを当てたコンサートのビデオでケニー・バロン、ボブ・ジェームスなどに混じって御歳9×歳のステージを観たときは本当に驚いたものだ。
 大声で何やら叫んだりしながらのステージで、しっかりと「Memories of you」も聞かせてくれた。

 一方、アール・ハインズは、20代の初めに友人から借りたレコードで知った。思ったよりずっとモダンで冗舌だった。インタビュー記事によれば殆ど独学でピアノを習得したらしい。
「俺は本当にピアノが好きだったし、大体の指の使い方は分かっていたから、ピアノを弾き初めて1週間でツェルニーの30番を終えることが出来た」って、ホンマかいな?


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Freddie Hubbard

. フレディ・ハバードは何度かライブで聴いた。伝統的なイディオムを更に発展させた名手で、小気味いい切れ味のフレージング、ふくよかな音色、およそハズスことのない達人だった。
 最初に聴いたアルバムはエリック・ドルフィの「Outward Bound」。ドルフィの斬新なラインとノーマルなトランペットの対比が面白かった。アート・ブレイキー、ウェイン・ショーター、デクスター・ゴードン、などのサイドメンとして参加したアルバムには名盤も多く、ソロアルバムを買う必要がないぐらいだった。

 それでも「Backlash」(66)、CTIからの「Red Clay」(70)に代表される幾つかのアルバムは周りでも評判になってよく聴いた。
 印象に残っているのはMPSから出た「Hub of Hubbard」(69)だ。エディ・ダニエルス、ローランド・ハナ、リチャード・デヴィスなどが参加したこのアルバム。
  2曲目、「Just One of Those Things」 の早さは尋常ではない。テクニカルな部分を全てクリアーした巨匠のツーマッチな部分が顔を出す。CTI レーベルの後期辺りから、腕を持て余した達人のような印象が強くなって私は聞かなくなった。

 VSOP。その時期、私はジャズシーンに興味を失っていたから、嵐が横を通り過ぎたような感じだった。巨匠達が集うライブがつまらないわけもなかったが、彼等がどこまで本気で取り組んでいたのかは疑問もあって、ハンコックが算盤をはじいているようにも思えた。
 郵便貯金ホール(今はメルパルクとか言う)で聴いたフレディは快調だった。確かこの時はナンシー・ウィルソンとのジョイントだったと思う。

 ジョー・ヘンダーソンとのライブがあるというので原宿にあったキーストンコーナーに足を運んだのはいつだっただろう。フタを開けてみると、ヘンダーソンは帰国したらしくクァルテットでのライブだった。この日のフレディは発音ミスが多く、同席したトランペット奏者は盛んに嘆いていた。
 何年か後にジャッキー・マクリーンのライブ(厚生年金)で再会した時は無惨だった。テーマさえ吹けないようなコンディションで耳を疑った。「Great Trumpetter!!」と紹介するマクリーンも気の毒だった。その後の噂によれば、フレディは唇を壊し再起が難しいとまで言われていた。最近になって復調の兆しもあるらしいが、往年の音には遠く及ばないと嘆くファンは多い。

 唇を震わせて発音する金管奏者の抱えるリスクは恐ろしく大きい。



.Carmen McRae


 歌手のコンサートに足を運んだことは少ない。上にあげたナンシー・ウィルソンとこの人ぐらいだろうか。カーメン・マクレーを聴きに行ったのがどういうきっかけだったのかは覚えていない。
 FMでエアーチェックした彼女の「Isn't it romantic?」をよく聴いていた記憶はあるから、たまには歌でも聴いてみようと思ったのかもしれない。カーメンの声は想像したより随分ハードだった。当時はサックス小僧以外の何ものでもなかったから、横文字で聴くジャズヴォーカルが自分とは遠いものなのだと、つくづく思ったりしたものだ。
 それに、ことジャズヴォーカルに関しては、大きなコンサートホールで聴くよりも小さなライブハウスの方がよい。テーブルの上の飲み物などをいただきながらというのが望ましい。
 参ったのは、彼女がステージに姿を現した瞬間から恐ろしく強い香水の香りに襲われ、むせそうになったことだ。そんな時に限って前から2列目だ。
 慣れるまでの間、その匂いと彼女のカーンと張りつめた声が辺りを飛び交っているようで苛立たしく少し辛かったのだ。


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Art Farmer

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 この人を見るといつも連想するのは南伸坊だったり福助だったりする。失敬な話だが浮かんでしまうものはしょうがない。
 アート・ファーマーを見たのもずいぶん昔の事だ。ニュー・ポート・ジャズフェスティバル・イン・ジャパンとか何とか、そういう類いのコンサートだった。

  

 ジミースミス、ケニー・バレル、ジョー・ニューマン、イリノイ・ジャケー、ロイ・ヘインズ、淙々たるメンバーが一堂に会しての、フィーチュアリングありジャムセッションありの賑やかなステージだった。

 面子を見れば分る通り、かなり濃い目の方が多いラインナップだった。そんな中で、2人のトランペッターの穏やかな存在は印象深かった。ジョー・ニューマンもお洒落で粋なプレイヤーだった。

 アートはとにかく控えめで静かな人に違いないと思われた。演奏する姿はほぼ直立不動だったし、陽気なジミー・スミスの悪乗りにも動ずることなく、物腰も紳士的でとにかくクールだった。

 しかし、フリューゲルホーンから出てくるトリッキーなフレーズ・パターンは決して穏やかではなかった。細かく動きはしないのだけど、ロングトーンで自己主張を始めた。5拍、2拍、一拍半、一拍半、7拍、2拍半という具合にだ。それがワンコーラスぐらい続いたとき、ドラムのロイ・へインズがいきなり演奏をやめて立ち上がった。

 どうしたんだろう?と思ったら、ロイはドラムから離れて歩き出し、手の指を大きく広げて数を勘定し始めたのだ。「おーっ、ワン、トゥー、スリー、フォー、、、」少し声も聞えた。「難しいなァ、分んなくなっちゃうぜ」と言わんばかりだった。
 このパフォーマンスは受けた。笑えた。
 アートはそんなことはまったくお構いなしにマイペースでソロを吹き終え、ペコリとお辞儀をした。結果、アートは袖に引っ込んでいたイリノイ・ジャケーが何事かと顔を覗かせるぐらいの大拍手を受けた。


03.6/22

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