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(2016.6/24)

 Downbeat誌の「目隠しテスト」コーナーはプレイヤーの本音のようなものが垣間見える。もちろんそれぞれが言葉を選んで慎重に発言なさるわけだが、当然好き嫌いはあるわけだから、ときに厳しい発言も飛び出す。そこらのことを踏まえて、時おりインタビュー側が回答者を困らせるようなものをチョイスしたりする。プレイヤー側にしてみれば試されているような気分になるのではないかと思われる。ここでは近年のサックス奏者に対するものを幾つか取り上げた。
 まずは巨匠ソニー・ロリンズ。(85才)まあ、さすがに貫録の回答ともいえる。

Sony Rollins  Jan  2016

Joe Lovano Us Five

“Ko Ko” (Bird Songs, Blue Note, 2011) Lovano, tenor saxophone; James Weidman, piano; Esperanza Spalding, bass; Francisco Mela, Otis Brown III, drums.

S・R:「ココ」だ。これは歌というものでもないんだけど(パーカーのインプロビゼーション)好きでした。彼は通常の4拍子では演奏していないし、即興的に多くのことをやり遂げています。当然、ドラマーは起こっていることに反応して多くのことをやらなければならなかったでしょう。彼はこの朝にWheatiesを食べたに違いありません。(Wheatiesは朝食の定番シリアルのメーカーで、パッケージで筋肉質のアスリートの写真が使われていることが有名)
DB:「これはツインドラムです」 
S・R:アハハ。私が最初にココを聴いたのは、お気に入りだったドン・バイアスの“How High the Moon.”の別サイドに収められていたパーカーのものでした。なにしろ私はテナープレイヤーを聴いていたものですから、パーカーにはあまり馴染みがありませんでした。
 この「ココ」は聞けば聞くほど素晴らしいと思います。彼らがしたことには異なるココのスピリッツがあります。この演奏者は知りませんが、トッププレイヤーだと思います。

Jimmy Heath

“Forever Sonny” (Little Man, Big Band, Verve, 1992) 
Heath, tenor saxophone solo; John Eckert, trumpet solo; Jerome Richardson, Ted Nash, Bill Easley, Loren Schoenberg, Danny Bank, reeds; Eckert, Lew Soloff, Bob Millikan, Virgil Jones, trumpets; John Mosca, Eddie Bert, Benny Powell, Jack Jeffers, trombones; Roland Hanna, piano; Tony Purrone, guitar; Ben Brown, bass; Lewis Nash, drums; Steve Kroon, percussion.

S・R: 「サックス奏者は活発で力強く、それに沿ってリズムセクションも躍動しています。創造的ないいアレンジだと思います。

 テナー・サクソホンには伝統的な響きがあります。しかし、私は必ずしも彼を特定することができませんが、たぶんジミー・ヒースではないかと。 
[After]
S・R: 私は、タイトルが誰のことなのかわかりませんが、ソニー・スティットでしょうか。スティットがテナーよりアルトを多く演奏していたころ、ジミーたちが彼を「LIttle Bird」と呼んでいたことを覚えています。」


Branford Marsalis

“Laughin’ & Talkin’ (With Higg)” (Romare Bearden Revealed, Marsalis Music, 2003) Branford Marsalis, tenor saxophone; Wynton Marsalis, trumpet; Eric Revis, bass; Jeff “Tain” Watts, drums.

S・R: 非常に面白いレコードです。プレーヤーは誰だか知りませんが、彼らは非常に音楽の才能があります。このような演奏は60年代に顕著でした。サックス奏者は創意に富んでいてとても面白いことをしています。素晴らしいパッセージをトランペット奏者とともに吹いて気心の合う様子がわかります。一緒に演奏する機会が多いのは明らかです。ベーシストもソロで幾つかの面白いラインを聴かせています。彼らは全員が超一流です。
[After]
S・R: 彼らはチームです。トランペットは私にドン・チェリーを思い出させました。彼はより伝統的な方法で演奏していましたが、ここでのウィントンより前衛的でした。

Roscoe Mitchell

“The 4:50 Express” (Sound Songs\, Delmark, 1994) 
Mitchell, tenor saxophone.

S・R: エリック・ドルフィーを思い出させるものを聞きました。それがエリック・ドルフィーでないならば、誰だかはわかりません。この人がしていたことが本当に好きです。彼は素晴らしい語り口と肺の力を持続させる準備ができているようです。私はこれに高い、高い星を与えなければなりません。彼は心の中にあることを表現することができています。彼はソロであろうとなかろうと、常にこのようにサウンドしているのだと想像できます。


Chris Potter’s Underground

“Small Wonder” (Ultrahang, ArtistShare, 2009) 
Potter, tenor saxophone; Adam Rogers, electric guitar; Craig Taborn, Fender Rhodes; Nate Smith, drums.

S・R: アレンジと壊れたような(broken)リズムが好きです。今はストレートなリズムよりこのようなリズムが多いようで、私も好きです。彼らが1-2-3-4、1-2-3-4、に対して即興的なことを試そうとしているところが好きです。曲もサックス奏者も素晴らしい。ギター奏者も素晴らしい。

Michael Brecker

“Loose Threads” (Pilgrimage, Heads Up, 2007) 
Brecker, tenor saxophone; Pat Metheny, guitar; Herbie Hancock, piano; John Patitucci, bass; Jack DeJohnette, drums.

S・R: すべてのプレイヤーが素晴らしい。
 私はピアノレスの形態での演奏が多いのですが、これを聴くとピアノのある音楽は他のものと異なるものだということを思い出させました。
 ピアニストは偉大ですが、ピアノはとてもより多くの調性、コード構造、ボリュームを持ちます・・・・ ホーンより多くの。
[DB:
ピアニストがテナー・プレーヤーの邪魔をした、または、ピアニストのソロがスポットライトをテナー・プレーヤーから取ったと、あなたは言っていますか?]
S・R:私は後者を言っています。
 彼らピアニストの役割で、伴奏が重要だった時代に私は演奏家として始まりました。これは、それとは正反対です。それを除けば誰でも素晴らしいと思います。


Ivo Perelman

“Singing The Blues” (The Hour Of The Star, Leo, 2011) 
Perelman, tenor saxophone; Matthew Shipp, piano; Joe Morris, bass; Gerald Cleaver, drums.

S・R: サックスはどんな音でも形作れる用途の広い楽器です。そして、これはその豊かな音の素晴らしい証明です。これが誰であるか全くわからないのですが、彼は非常によい彼自身のものを得ています。高いレベルです。難曲をワンホーンで押し通しています。

James Carter

“Gloria” (Gardenias For Lady Day\, Columbia, 2003)
Carter, tenor saxophone; John Hicks, piano; Peter Washington, bass; Victor Lewis, drums; string camarata.

S・R: 素晴らしい。デューク・エリントンの「Don’t You Know I Care」かと思いましたが、違いました。この人は、他の誰からも聞くことのできない抑揚を持っています。私はプレーヤーを知りません、しかし、彼は素晴らしいです。私が言ったように、誰でもサクソホンによって表現する異なる何かを持っています。

linshort


 相変わらず精力的に活動を続けるデイブ・リーブマン(68才)。
Dave Liebman  March 2014

The Cookers
“Believe, For It Is True” (Believe, Motéma, 2012) 
Billy Harper, tenor saxophone; Eddie Henderson, trumpet solo; David Weiss, trumpet; Craig Handy, alto saxophone; George Cables, piano; Cecil McBee, bass; Billy Hart, drums.

D・L: ドラムのロールからビリー・ハートであることが分かります。賞賛に値するリズミカルな仕事だと思います。長く入り組んだリー・モーガンのような(トランペットの)ヘッドのハーモニーは「Maiden Voyage」のようです。今では使わなくなった、少しスムーズなもの。テナー奏者は豊かな低域をフルトーンで聞かせています。いいリズミカルなアイデアも持っていますし、 VAMP部分はトリッキーです。ニュアンスは朴訥ですが、おそらく曲がそれを要求しているか、またはおそらくそれは、そのプレイヤーのスタイルかもしれません。エイゾー・ローレンスは、このように演奏しますし、あるいはビリー・ハーパーもそうです。トランペット奏者は別のレベルです。 5スター。

Richie Beirach & George Coleman
“Flamenco Sketches” (Convergence, Triloka, 1990) 
Beirach, piano;
Coleman,tenor saxophone.

D・L: リッチーとジョージ・コールマンが20年前に録音したデュオアルバムの中の「Flamenco Sketches」です。このテンポ、このムード。リズミックにも和声的にも、リッチーはこの手の表現にかけては名手です。ジョージは、非常にメロディックなプレーヤーです。ここでは少し鋭くメカニカルで、パターンに入ったりもしています。しかし、彼は完全なマスターです。音は軽く高域に向かって滑らかです。60年代のマイルスと一緒のころからそうでした。たぶん決して大きなマウスピースでなく、小さな開きのものに硬いリードを合わせているのではないかと思います。彼の機敏さと技巧は、そのマウスピースが可能にしているはずだと思います。5スター。

Branford Marsalis Quartet

“A Love Supreme, Pt. 3: Pursuance/A Love Supreme, Pt. 4: Psalm” (Footsteps Of Our Fathers, Marsalis Music, 2002) 
Marsalis, tenor saxophone; Joey Calderazzo, piano; Eric Revis, bass; Jeff “Tain” Watts, drums.

D・L: これは、DVDになったアムステルダムのライブですか? スタジオ? 
 このようなことをスタジオで達成するのはすごいことです。まさに離れわざです。
 コルトレーンがオリジナルのレコーディングの後にアンティーブで演奏したものなどより少々長いことを除けば、彼らはトレーンのソロの曲面を保っています。
 ブランフォードは多くの側面を持ち得ています。いいサウンドです。テンポもペンタトニックのスタイルも失われていません。しかし、旋律的なモチーフの感覚は聞こえ辛いものです。 2、3コーラスの後、彼はモチーフを繰り返したり装飾したりするように高域に入ります。たぶん、私はコルトレーンのリズムセクションでは演奏できなかったかもしれませんが、私の感覚では、ジェフ・ワッツはトムの多さとか,火の出るような組み立てが大げさ過ぎるように思えます。全体はいいとしても、少し平坦な部分、停滞するような呼吸できる場所があってもいいように思います。気を取り直して、もう一度上がるというようにです。私にとっては上への展開だけというのは面白くありません。5スター。

Anthony Braxton

“Composition 40 (O)” (Dortmund (Quartet) 1976, HatArt, 1991) 
Braxton, soprano saxophone,contrabass saxophone
; George Lewis, trombone; Dave Holland, bass; Barry Altschul, drums.

D・L: もしアンソニー・ブラクストンでないならば、誰だかわかりません。(トロンボーンは)たぶんジョージ・ルイスもいます。
 誰もが長いヘッド部分を書きたがりますが、ここでは70年代のように2、3分一緒に響かせています。編集されたものかと思うかもしれませんが、これはライブです。どれだけ練習を重ねたのでしょうか。ベースはデイブ・ホランドですか?(ドラムは)バリー?
 サックスを聞くと、シングル・タンギングのように聞こえますが、私はこのように速くはできません。彼はソプラノからコントラバスに持ち替え、ミュートトロンボーンと共に質感を変えています。彼らは色彩感、広がり、風変わりなリズム、難しい跳躍などを実現できる達人たちです。5スター。


Evan Parker–Matthew Shipp

“Rex 2” (Rex, Wrecks & XXX, RogueArt, 2013) 
Parker, tenor saxophone; Shipp, piano.

D・L: ピアノとサックスの素晴らしい会話。ピアニストはアイデアも豊富で素晴らしく、サックス奏者は彼の投げ掛けたことに素早く反応しています。この種の演奏は幾度となくやりましたが、通常とは違う環境での演奏は楽しいことです。しかし、ここにはダイナミックなことも含めて起伏がありません。基本的にミュージシャンのための音楽で、そのような範囲で活動している人ではないかとないかと思われます。長い間このような演奏に携わっていた人、例えばアーチー・シェップなどが思い浮かびますが、彼だったらもっと高域で演奏します。それでデヴィッド・ウェアも考えましたが、彼もまたかなり独特なスタイルです。すべてのフリーのサックスプレイヤーがコルトレーンから始まっていますが、その時代の演奏家ではないかと思います。もちろんコルトレーンはその一群から区分すべき「Giant Steps」を演奏出来ましたし、晩年に至っても信じられないようなハーモニーのセンスを発揮していました。
 この演奏に関しては確たるメロディも和音もなく言葉がありません。色彩感とリズムの質感が狙いだと考えられます。5スター。
 これは彼らが望んだものでしょうし、うまくやっていると思います。


linshort


 インド系のサックス奏者として目覚ましい活躍を続けるマハンサッパ。容赦ない変拍子での怒濤のソロなど、その自分のルーツをも意識した音楽作りと相まって強い個性を放っている。ここではフィル・ウッズ、デスモンドに対するコメントが聞ける。なお、彼はスター評価はしていない。

Rudresh Mahanthappa December 2011

Greg Osby

“Six Of One” (from Further Ado, Blue Note, 1997)
Osby, alto saxophone; Jason Moran, piano; Lonnie Plaxico, Calvin Jones, bass; Eric Harland, drums.

R・M:グレッグ・オズビー。たぶん「Art Forum」だと思うが、ピアノがジェイソン・モランのように聞こえるから、もっと後のものかもしれない。これはすごい。すぐにグレッグだとわかります。彼は独特の音ですし、最初の部分で吹いたものがまさにグレッグのトレードマークそのものです。彼らはタイムで面白く柔軟なことをしていて、それが現代のスウィング感覚を示しています。

Phil Woods & Bill Mays
“All This And Heaven Too” (from Phil & Bill, Palmetto, 2011) 
Woods, alto saxophone; Mays, piano.

R・M:誰だか全くわからない。しかし、定型のバップ言語から、Birdを数多く聞いた誰かです。新しい音がシーンに登場すると、その語彙は必ず体系化されるのは面白いことです。ある意味でBirdをよりクリーンにしたソニー・スティットのような人のことを思い浮かべます。彼は自分の方法で体系化しました。それからコルトレーンの後には多くのプレイヤーがじことをしました。この曲はクールです。おもしろい曲です。他の人がサックスとピアノのデュオをするのを聴くことは、どういうアプローチをしているのかとという意味で興味深いものがあります。2人しかいないんですから。

[after]

DB:フィル・ウッズです。
R・M:OK、ここにはBirdのものがあります。


Henry Threadgill Zooid

“It Never Moved” (from This Brings Us To, Volume II, Pi, 2010)
Threadgill, alto saxophone; Liberty Ellman, guitar; Jose Davila, trombone, tuba; Stomu Takeishi, bass guitar; Elliot Humberto Kavee, drums.

R・M:サックスが入ってくる前に誰だか分かりました。この編成だとヘンリー・スレッジル以外には考えられません。彼は才能ある作曲家であり概念論者です。スタンダードな音楽の発想を転換して再構築する、メロディとハーモニーが実際に何を意味することが出来るかと問いかける。彼の音楽にはそのようなアイデアをまとめて音楽に生かす方法があります。それは素晴らしいものです。ヘンリーのサックスは非常に思慮深く、自分のやっていることを正確に分かっているのです。彼が決して慣習的な方法で演奏することがないことにも感嘆します。

Charlie Parker

“Light Green” (from The Washington Concerts, Blue Note, 2001, rec’d 1953)
 Parker,alto saxophone; Joe Timer’s Orchestra.

R・M:チャーリー・パーカーです。 どうしてこうもスムーズで、しなやかで、自然なんだと、彼の演奏を分かろうとします。知っていることに頼っているように聞こえることもあるし、可能性にかけているように聞こえることもあります。ダブルタイムで演奏することも代理コードを使うことも、全てとてつもないレヴェルでやってのけます。
 この曲では、ビッグバンドが戻ってくるときに転調するアレンジになっています。まるでバードにサプライズを仕掛けたようにようですが、1小節足らずで対応しています。彼はどんなキーでも演奏できる達人でした。

Kenny Garrett

“Giant Steps” (from Pursuance: The Music Of John Coltrane, Warner Bros., 1996)
Garrett, alto saxophone; Pat Metheny, guitar; Rodney Whitaker, bass; Brian Blade, drums.

R・M:ケニー・ギャレットです。 これがどのアルバムだったかは覚えていません。バークレーで、私と友人はこれと同じような 「Giant Steps」のアレンジにかき立てられていたのですが、その1年後にケニーがやっているこれを聞きました。このようなリズムセクションの中での彼を聞くのは嬉しかったものです。ケニーは80年代後半から最も模倣されたアルトプレイヤーでしょう。

Paul Desmond

“Wave” (from Pure Desmond, CTI/Masterworks 2011, rec’d 1974) 
Desmond, alto saxophone; Ed Bickert, guitar; Ron Carter, bass; Connie Kay, drums.

R・M:このアルバムは知りませんが、好きかどうかに関わらず最初の一音でポール・デスモンドだと分かります。私は、特にこのようなものが好きでありませんでした。
安っぽいように思えます。私は決してP・デスモンド・ファンでありませんでした。多分、それは冒涜かもしれません。しかし、40を過ぎた今、私はこれを言うことができます。私は、彼の音に決して引きつけられませんでした。その人独自で、より積極的に展開する音楽が好きですが、特有のアプローチとスタイルを持つ演奏家を否定するものでもありません。


Steve Coleman and Five Elements

“Attila 04 (Closing Ritual)” (from Harvesting Semblances And Affinities, Pi, 2010)
Coleman, alto saxophone; Jonathan Finlayson, trumpet; Tim Albright, trombone; Thomas Morgan, bass; Tyshawn Sorey, drums; Jen Shyu, vocals.

R・M:明らかに、スティーヴ・コールマン。 の私は90年代前半の「Tao Of Mad Phat」からの大ファンです。 スティーヴは、大きなインスピレーションであり、影響を受けました。 私は自分の出自を売り物にすることなく、どうすれば音楽的なアプローチを祖先に見いだせるかとの悩みがありました。ジャズのカルテットにタブラを入れることは望んでいませんでした。それは単にインドの音楽ですから。文化を融合するわけでもなく、2つの文化のアイデンティティを表すものでもなく、異国趣味でしかありません。しかし私はまさにインド系アメリカ人なのです。
 スティーブはアフリカの音楽とは無関係の「西アフリカの音楽」というコンセプトを考え出しました。どのように基本的なものを解体して組み立て直して融合させるかを見ることは、とても刺激的でした。彼は常に次のものを考えています。次のものを探すことに取り組んでいるのです。私は彼のように成長できたらと思います。


linshort


 ブランフォード・マルサリスはこの4回目のテストの前に、ランク付けは難しいとして聞いたものすべてに5スターを与えると宣言した。

Branford Marsalis Octover 2013

Dexter Gordon

“Cheese Cake” (Go, Blue Note, 1999, rec’d 1962) 
Gordon, tenor saxophone; Sonny Clark, piano; Butch Warren, bass; Billy Higgins, drums.

B・M:(すぐに) デクスター・ゴードンです。
 デクスターを知らないのなら、このアルバムを買ってください。
 そして1957年からのジョン・コルトレーンのレコードを聴くと、トーンの違いはあるけど、彼がデクスターのフレーズを吹いていることを理解できるはずです。 
 大部分の音楽家は大まかに聴き、詳細には聴きません。しかし、トレーンの実際の演奏を聴くと、面白いことに、それらを最初のアルバムでレスター・ヤングのように響かせていたデクスターから盗んでいるのです。
 それは双子のように、デクスターはレスターとチャーリー・パーカーから学び、ボイスを手に入れました。デクスターについて語られることがないのは奇妙なことです。


Ravi Coltrane

“Who Wants Ice Cream” (Spirit Fiction, Blue Note, 2012) 
Coltrane, tenor saxophone; Ralph Alessi, trumpet; Geri Allen, piano; James Genus, bass; Eric Harland, drums.

B・M:これが誰だか分かりません。最近は多くの人たちがこのように演奏します。
 私はそれが好きではありません。小さなサウンドが好きじゃないし、ここでは誰もが小さい音です。彼らが録音した部屋はとても狭い部屋だろうし、ドラムの音は死んでいます。レコーディングの際の経済的な現実は理解しますけど、実際の音が反響する部屋で録音されたものを聴きたいのです。このトラックではお互いが共に演奏しているような響きを得ていません。テナーとトランペットが同じリックを吹いています。
うまく調和していなくて、もし彼らがもう少し伝統的なニューオリンズのグループを聴いていれば、トランペット奏者からは直線的なラインの作り方を、クラリネット奏者からは アルペジオの技法を学べたはずです。これじゃあ足並みは揃いません。
 テナー奏者はできるヤツですが、このようなタイプのものを聴くたびに思うのは、誰もがゆっくりと始め、やがて16分音符に突入するということです。それが新しいルールでもあるかのようにです。それは同時にあまりにも多くの情報を含み、ジャズリスナーじゃない人たちには問題です。どれも同じように聞こえますから。
After (演奏者が知らされる)
 ラビですか?
 そうですか。しかし、私にはバンド内でのコミュニケーションが聞き取れませんでした。誰もが単に仕事でのレコーディング・セッションだったように聞こえました。もし私がこのようなセッションをするならば、もっとシンプルなものを選ぶでしょうし、誰もがレコーディングを楽しむことが出来るだろうと思います。

Dave Liebman/Michael Stephans

“Here, There And Everywhere” (Lineage: Rock And Pop Classics Revisited, Whaling City Sound, 2013) 
Liebman, tenor saxophone; Stephans, drums; Bobby Avey, piano; Vic Juris, guitar; Evan Gregor, bass.

B・M:ソロはクールですが、音は細いように思います。私はもっと強い音の方が好きですが、独創性は豊かです。曲ですが、ビートルズはこれに関して素晴らしいものです。
   音楽仲間たちがどうしてポピュラーソングのコードを何でも変えてしまうのかということを思い起こさせますが、これはうまく行っていません。私が言いたいのは、作曲した人はこのようなコードを使わないし、だからこそ良いということです。
 私を当惑させるのはこれが誰のためのものかということです。私の知っているジャズ好きな人たちは涅槃の音楽を聞きたくないだろうし、逆に涅槃を好む人たちの誰もこのように和音を変えられて曲として認められないようなものを聴きたくないでしょう。それで不思議なのは目的が何だろうということです。これは私の好きなビートルズの曲ではないので、その通りに演奏しませんでしたというのなら、曲の意図は何だろうという問題が残るのです。

David “Fathead” Newman

“Blues For Ball” (Back To Basics, Milestone, 1991, rec’d 1977) 
Newman, tenor saxophone; Pat Rebillot, keyboards; Jay Graydon, guitar; Abraham Laboriel, bass; Idris Muhammad, drums; Bill Summers, percussion.

B・M:誰だか分かりませんが、バンドの誰もジャズ・ミュージシャンではありません。スムース・ジャズの類いの人たちです。サックス奏者はブルースとペンタトニックの2つを吹いているだけで、同じことを何度も繰り返しています。
 スタンリー・タレンタインはほとんどビバッパーのスイング・ミュージシャンでした。彼はファンクを始めたときに、それを結びつけたのです。しかし、この人はタレンタインではありません。
After (演奏者が知らされる)
B・M:ファトヘッド・ニューマンですか。彼はジャズ・ミュージシャンではありません。彼はスイングを聴いて成長しました。そしてそれはレイ・チャールスのバンドでのソロが素晴らしかった理由でもあるのですが、ジャズのミュージシャンではないのです。彼の音は好きです。豊かなサウンドですし、それこそが貴重でもあったわけです。しかし、ソロに関しては、ここにあるメロディに基づいていません。
  マッコイの「Blues For Ball」ですよね。ここにはキャンポンボールのようなものもまったく聞こえません。


S.O.S.

“News” (Looking For The Next One, Cuneiform, 2013, rec’d 1977) 
John Surman, soprano saxophone, synthesizers.

B・M:ジョン・ゾーンかなあ。いや、ジョン・サーマンかもしれない。これは反主流派のムーブメントで、主流派的な発想がないことを面白いと思います。主流であると人は言いますが、そうすることは中々出来ません。実際にするか必要に迫られてするかというようなことですが、ここでは後者の方でしょう。この曲でそれを聴くことが出来ませんが、クールです。ギタリストが使うような方法でデジタル・ディレイを使っているのは好ましいのですが、実際のところサックスのナンバーと言うよりギターの作品のようです。サウンドエフェクトは好きですが、繰り返しは退屈です。それは私がリズム&ブルースを演奏するのをやめた理由でもあります。退屈してきたとは言え気分よくさせてくれましたが、繰り返しが続くと面白くありません。


David Murray Infinity Quartet

“Stressology” (Be My Monster Love, Motéma, 2013)
Murray, tenor saxophone
; Marc Cary, keyboards; Nasheet Waits, drums; Jaribu Shahid, bass.

B・M:デービッド・マレーです。彼はよく聴きました。30年代の人たちがやったようなやり方で、スイングのフレーズを吹きます。とことん吹きます。今の人たちが持っていない素晴らしい音を持っています。すべての若い人たちを隅に追いやります。曲は私とは違うものです。考え方の違いがあります。彼はアバンギャルドです。
 かつて私をレコーディングに誘ってくれて、私は楽しみました。終わった後彼が言いました。「電話をするよ」
 彼は私をクビにして私のパートを使いませんでした。


linshort


 一時代を築いたサンボーン。ここでは気鋭のアルト奏者を並べて聴かせているわけだが、そのチョイスからダウンビート誌側がフュージョンシーンの立役者としてだけ彼を評価していないことが分かる。

David Sanborn September 2013

NEXT Collective

“Twice” (Cover Art, Concord, 2013) 
Logan Richardson, alto saxophone; Walter Smith, tenor saxophone; Matthew Stevens, guitar; Gerald Clayton, piano; Ben Williams, bass; Jamire Williams, drums.

D・S:変拍子からストレートな拍子への移行も自然に展開するこの美しく民謡のようなメロディ、無理なく歌うようにリズムセクションに溶け込むアルトが素晴らしい。誰も目立とうとしていません。変拍子での演奏はとても難しく、誰かが拍子に囚われることなく流れてしまうと目立ってしまいます。4スター

Miguel Zenón & The Rhythm Collective

“Jos Nigeria” (Oye!!! Live In Puerto Rico, Miel Music, 2013) 
Zenón, alto saxophone; Aldemar Valentin, electric bass; Tony Escapa, drums; Reynaldo De Jesús, percussion.

D・S:ブリッジに向かって自然に移行しているやり方がいいと思います。サックス奏者は卓越したタイム感覚と音色、イントネーションを持っています。私ほど古くはないにしても割合歳のいった、かなり自信を持ったプレイヤーだと思います。8分音符の吹き方だけでもかなり自信があると感じました。

Tarbaby

“Unity” (The End Of Fear, Posi-Tone, 2010)
Oliver Lake, alto saxophone; Nicholas Payton, trumpet; Orrin Evans, piano; Eric Revis, bass; Nasheet Waits, drums.

D・S:簡単には引き入れませんが、一旦入り込むと理解できました。誰もが容易くインサイドとアウトを往き来します。私はラインを曖昧にするそのやり方は好きですが、絶え間なく続くと、時々少し横柄なようにも感じました。アクセントの間合いの取り方や高音域で叫ぶ大きな音はいいと思いました。曲に4スター、演奏に5スター。

Greg Osby

“Whirlwind Soldier” (St. Louis Shoes, Blue Note, 2003)
 
Osby, alto saxophone; Harold O’Neal, piano; Robert Hurst, bass; Rodney Green, drums.

D・S:アルトがメロディを中低域で吹いているのが好ましく、とても美しい。また再び、自信あふれる成熟したプレイヤーです。これもまた素晴らしい録音で、楽器のすべての音域を聴くことが出来ます。曲の趣や感情的な動きが素晴らしい。私の予想ではケニー・ギャレットではないかと思います。5スター。

Kenny Garrett

“Du-Wo-Mo” (Seeds From The Underground, Mack Avenue, 2012) 
Garrett, alto saxophone; Benito Gonzalez, piano; Nat Reeves, bass; Ronald Bruner, drums.

D・S:これこそが本当のケニーです。面白くない瞬間はまったくありません。彼は長いソロを取っていますが、一貫して魅力的です。無駄がありません。彼のフレーズはとてもユニークです。彼の音、キャノンボールがやったように音符を吐き出すやり方、ウディ・ショーのハーモニック概念を自らのものへと進化させたことなどすべてが気に入っています。周りにいる最も興味深いアルトプレイヤーでお気に入りです。
5+スター

Tim Berne

“Scanners” (Snakeoil, ECM, 2012)
Berne, alto saxophone; Oscar Noriega, clarinet; Matt Mitchell, piano; Ches Smith, percussion.

D・S:大きなホールで一対のマイクを使用して録られたように、すべてが遠く存在感が薄いように感じました。ダイナミクスも幾分平坦に思われました。サウンドに慣れてくると好きになりましたけど。複雑な構造も難なく最初から最後までこなされています。クラリネット奏者には参りました。信じがたいコントロールです。5スター。

Steve Coleman and Five Elements

“Hormone Trig” (Functional Arrhythmias, Pi, 2013)
Coleman, alto saxophone; Jonathan Finlayson, trumpet; Anthony Tidd, bass; Sean Rickman, drums.

D・S:スティーヴ・コールマン。スティーヴは柔軟性、サウンド、タイムのコントロール、スイング感、どれをとっても偉大です。彼はどんな状況でも私を驚かせる独創性のあるスピリッツで満たすことが出来るのです。彼はこの2、30年の間に現れた真の本物です。独自の存在です。5+スター。

Clayton Brothers

Souvenir” (The Gathering, ArtistShare, 2012)
Jeff Clayton, alto saxophone; John Clayton, bass; Gerald Clayton, piano; Obed Calvaire, drums.

D・S:ストレイホーン色の強い曲です.ジョニー・ホッジスのようにベンドさせるやり方がウェス・アンダーソンのように聞こえました。アルトプレイヤーは曲想を率直に演奏しただけだと理解できますし、決して悪くはありません。それで、伸びやかな彼を聴くことは悪くありません。4スター。
 

John Zorn

Hath-Arob” (Electric Masada At The Mountain Of Madness, Tzadik, 2005)
Zorn, alto saxophone; Marc Ribot, guitar; Jamie Saft, keyboards; Ikue Mori, electronics; Trevor Dunn, electric bass; Joey Baron, Kenny Wolleson, drums; Cyro Baptista, percussion.

D・S:ジョン・ゾーンでしょう。誰もこのような狂気とユーモアを合わせたような演奏はしません。すべての要素が相互に干渉しあって自然に展開する作曲は素晴らしいと思います。豊かな感触があって驚くべき音楽です。ジョンはいつも私を笑わせます。エネルギーに満ちています。彼のサックスのアプローチはマーシャル・アレンを思い出させますが、彼はユニークですから、彼自身の言葉として判断しなければならないのです。5スター。
 

Tim Green

Pinocchio” (Songs From This Season, True Melody, 2012)
Green, alto saxophone; Kris Funn, bass; Rodney Green, drums.

D・S:ほとんどソプラノのように聞こえます。完璧なアーティキュレーション、特に高音域での柔軟さ流暢さを持つピュアなサックスのサウンドが、ウェイン・ショーターの曲で発揮されています。より響きが豊かで力強かったらと思いますが、真価は認めます。演奏に5スター、全体的には4スターです。




20 

(2015.8/11)

 ウォーレス・ルーニー(Wallace Roney)は91年のマイルス最後のモントルーの出演の際、マイルスを補佐する形で巨匠の横に立ち、テーマのいくつかの部分などを替りに吹いている姿と、演奏するマイルスを、それはそれは嬉しそうに見ていた姿が印象的だった。記憶はそこで途切れ、その時の姿しか浮かんでこなかったわけだが、彼もなんと54歳を迎え、すでに若手でも何でもなくマスターの一人になったわけだが、風貌も恐ろしく変化し、いわゆるおっさんになった。
 若いころすでにアート・ブレイキー、トニー・ウィリアムスのバンドなどで活躍し、オリジナリティを求める真摯な姿勢でいくつかのアルバムを発表していたし、ゲイリー・トーマスなどをサイドメンに従えたアルバムは新鮮なサウンドを聴かせていた。 ルーニーがダウンビート誌のブラインドフォールド・テストで様々なプレイヤーについて語ったものが手厳しくも興味深い。

That's Earl, Brother (Circumstantial, Nessa, 1977/2014) Ira Sullivan, trumpet; Jodie Christian,piano; Simon Salz, guitar; Dan Shapera, bass; Wilbur Campbell, drums.

 THat's Earl Brother。ディジーがいつもバードの周りにいたアール・ボスティックに因んで名付けました。この演奏は陳腐で感動しません。トランペットはアルテュール・サンドバルですか? 2スター

After・・
 音楽(ジャズ)は50年以上も進歩を続けていますから、何か新しいことを期待するのは当然です。しかし、アイラの演奏に対して与えるものではありません。彼は優れたトランペッターです。

(曲はレイ・ブラウン作で、ガレスピーのビッグバンドでの演奏が残されている。このアルバムでのサリバンの演奏は普通のものではあるが。ルーニー氏は軽くダメ出しをしていてジャッジは厳しい)

Avishai Cohen's Triveni (Dark Nights, Anzic, 2014) Cohen, trumpet, electronics;Omer Avital, bass; Nasheet Waits, drums.

 私はエレクトロニクスを取り入れることは好きでした。まあ、これはいいでしょう。彼は柔軟に演奏しています。2スター

Sean Jones (Im・Pro・Vise: Never Before Seen, Mack Avenue, 2014) Jones, trumpet; Orrin Evans, piano; Luques Curtis, bass; Obed Calvaire, drums.

 これも問題ありません。トランペット奏者の演奏について批評することが好きではありません。なぜなら、誰もが自分の耳で聞くもの、好きなものを演奏する権利を持っていますから。しかし、これは予測可能な展開です。もっと想像力のある柔軟な演奏を聞きたいと考えます。2スター

Tom Harrell
Sunday
 (Trip, High Note, 2014) Harrell, trumpet; Mark Turner, tenor saxophone; Ugonna Okegwo, bass; Adam Cruz, drums.

 テナーはジョー・ロヴァーノ・ウォーン・マーシュのようなスタイルで吹いています。このトランペット奏者は好きではありません。1スター

after
 トムがいいようには聞こえませんでした。これがマークだとは知りませんでしたが、彼も同様です。誰かがコルトレーンやウェイン・ショーターのポイントでの演奏を試みるためにウォーン・マーシュを借りてきただけのように聞こえ、それはすでに成されたことです。コニッツじゃなくてマーシュです。マーシュは素晴らしかった。彼はプレズ(レスター・ヤング)から始まり、コニッツに負けないようについて行こうとしていました。
 しかし、今の時代においては、もっと火の出るようなガッツのある叫びというものを聞かせるべきだと考えます。批評家は、「誰々はこれをやっている、あれをやってる」と言いますが、彼らは何について話しているか分かっていません。たいていのサックス・プレイヤーは革新とはほど遠いところで演奏しています。ウェインは未だに最も革新的なプレイを続けています。

Paolo Fresu
Blame It On My Youth
 (Desertico, Tuk Music, 2013) Fresu, flugelhorn; Bebo Ferra, guitar; Paolino Dalla Porta, bass; Stefano Bagnoli, drums.

 クリス・ボッティですか?譜面を読んでいるリハーサルのように聞こえます。私はこのような演奏をしたくありません。2スター。

Jeremy Pelt(Tales, Musings And Other Reveries, High Note, 2015)Pelt, trumpet; Simona Premazzi, piano; Ben Allison, bass; Billy Drummond, Victor Lewis, drums.

 彼はフレディのように演奏しています。私はフレディのリックをすべて知っています。(ルーニーはいくつかのフレディのパッセージを吹いて見せる)たぶん若いプレイヤーでしょうが、これから脱皮するでしょう。2スター。
 トランペットとドラムで成される感触というものが好きですが、もし彼がトニー・ウィリアムスかエルヴィンを従えていればドラムは一人でよかったでしょう。ヴィクター・ルイスとビリー・ドラモンドですか?彼らがお互いの領域に入らないようにしていることはいいと思います。

Eddie Henderson (Collective Portrait, Smoke Sessions, 2015) Henderson, trumpet; Gary Bartz,alto saxophone; George Cables, Fender Rhodes; Doug Weiss, bass; Carl Allen, drums.

 アルトはゲイリー・バーツ。それと(ピアノは)ジョージ・ケイブルスです。ドラムは誰だか分かりませんが、いい箇所でレスポンスしていると思います。とても音楽的です。あっ、これはエディ・ヘンダーソンです。ゲイリーとジョージに4スター。エディは最初にリー・モーガン、フレディ、マイルスをブレンドしたような演奏を試みて、後に続く者にその可能性を示唆したトランペッターです。

Brian Lynch
La Sitiera
 (Bolero Nights: For Billie Holiday, Venus, 2009) Lynch, trumpet; Ivan Renta,alto saxophone; Alex Hoffman, tenor saxophone; Marshall Gilkes, trombone; Ron Blake,baritone saxophone; Zaccai Curtis, piano; Boris Kozlov, bass; Little Johnny Rivero, Marvin Diz, percussion.

 彼がトランペットで奏でようとしていることに共鳴します。革新的ではありませんが、彼のサウンドが好きです。ここまで聞いた誰よりもガッツがあります。3スター。
もし歳がいったプレイヤーだとしたら、敬意を与えるのにやぶさかではありません。
 ブライアンにはもう一つの敬意を表したいと考えます。彼の演奏にはこれまでのプレイヤーに欠けていたものが聞き取れます。華々しい何かを演奏しているわけではありませんが、アート・ブレイキーやホレス・シルバーと共に演奏してきた解放感のようなものが聞こえてきます。

Ambrose Akinmusire (The Imagined Savior Is Far Easier To Paint, Blue Note, 2014) Akinmusire, trumpet; Sam Harris, piano.

 アンブローゼですか?私は本当に彼の演奏が好きです。音楽の歴史を学んできたことが聞き取れます。彼がモンクのリックを演奏するのを聞きましたが、それは素晴らしいものでした。4スター。

Jazz at Lincoln Center Orchestra(La Llamada De La Sangre) (Vitoria Suite, EmArcy, 2010) Wynton Marsalis, Sean Jones, Ryan Kisor, Marcus Printup, trumpets; Vincent Gardner, Chris Crenshaw, Elliot Mason, trombones; Sherman Irby, Ted Nash, Walter Blanding Jr., Victor Goines, Joe Temperley, saxophones and woodwinds; Dan Nimmer, piano; Carlos Henriquez,
bass; Ali Jackson, drums. 

 言うまでもなく、これはウィントンです。彼は演奏の中に新しいもの、さらに違う次元のものを付け加えようとしているのが分かります。3スター。

Christian Scott(Christian aTunde Adjuah, Concord, 2012) Scott, trumpet; Matthew Stevens, guitar; Lawrence Fields, piano; Kristopher Keith Funn, bass; Jamire Williams, drums.

 これまでのところ、聞かせてくれたパオロ・フレス以外のトランペッターのすべてがフレディのようにサウンドしています。最も影響の少ないと思われるアンブローゼでさえそうです。これが誰であるとしてもウィントンを経過したテレンス・ブランチャードが多く聞こえます。ウィントンは多くのプレイヤーにとってとても強い影響力を持っています。この演奏のグルーブ(groove)は好きですが、曲はどこにも到達していません。2スター。


19
 
(2009.10/14)

 Downbeat誌10月号にスティービー・ワンダーのモントリオール・ジャズ・フェスティヴァルのステージの様子が書かれている。

 「多くの日程が雨にたたられた今年のフェスティヴァルの中で、"to celebrate the life and legacy of Michael Jackson,"と銘打たれたスティービーのステージは、巨大スクリーンの設置も手伝い、雨が止んだフェスティバル会場を包み込むような推定15万とも20万ともいわれる客が集まりました。マイケル・ジャクソンの急死から一週間足らず。スティービーは彼の音楽と精神を讃えた上で、幾つかの楽曲も演奏しました。
 さらにビートルズの「Michelle」(ここではミッシェルではなく、Michaelマイケルだったらしい)、自身のヒット曲「Knocks Me Off My Feet」での圧倒的なパフォーマンスで感動を誘いました。
 「これはジャズフェスティバルです」と言ったあと、トゥーツ・シールマンを彷彿とさせるスタイルのハーモニカで「All Blues」を演奏。バンドの火の出るような「Spain」での演奏と共に「Giant Steps」を楽々とこなしました。
 現在、トニー・ベネットとジャズ・アルバムを制作しているスティービーは、「Our Love Is Here To Stay」、娘のアイシャが歌う「I'm Gonna Laugh You Right Out Of My Life」などをモータウンでのヒット曲の間に挟みました。

 リトル・スティービー時代の曲も多くを演奏し、ヒット曲の中では「Don't You Worry 'Bout A Thing」と「Overjoyed 」がハイライトでした。しかし、クライマックスは皆がストリートで踊りだした「迷信」でした。最後にマイケル・ジャクソンのメドレーで、スーパースターのヒット曲がスピーカーから鳴り響き、スティービーは構わず歌い続けたものの、突然激しくなった雨はまるで天から落ちてくる涙のようでした。」



 次に登場するのは偉大なコルトレーンの御子息、ラヴィ・コルトレーン(Ravi Coltrane)。血族のプレッシャーを乗り越え、独自の世界を築きつつある彼の意見は個性的だと評されている。

Gene Ammons
"Nature Boy" (from A Stranger in Town, Prestige, rec. I970/22Z)
Ammons (tenor sax) Wynton Kelly (piano)
George Duvivier (bass) Rudy Collins (drums)

R.C : ピアノの音から分るのは、ルディ・ヴァン・ゲルダーのスタジオで録音されたものです。後期のジーン・アモンズです。以前の音より硬く聞こえますが、フレージングと音色で彼だと分りました。ソニー・スティット(Sonny Stitt)と一緒にビバップをやっていた頃の音に慣れていますから、これは私のお気に入りではありません。しかし、彼は素晴らしいバラードプレイヤーです。4スター。

Michaet Brecker/David Liebman/Joe Lovano 
"A Gathering of Spirits" (from Saxophone Summit: A Gathering Of Spirits. Telarc, 2004)
Brecker, Lovano, Liebman (tenor sax) Phil Markowitz (piano)
Cecil McBee (bass) Bill Hart (drums)

R.C : 3人のテナー奏者のバンドと言えば、唯一知っている、ブレッカー、リーブマン、ロヴァーノのものです。それぞれが明確な音を持っていますし、アンサンブルの中でも聞き分ける事が出来ます。しかし、インプロヴィゼイションを聞く時には、逆にこれはデイブじゃないなとか、これはマイケルでもジョーでもないなと判断出来ます。
 私は制約のある中でのフリーなアプローチが好きです。イントロでのやり方、マルチに発音させるやり方は好きです。父と子と精霊に触れるようでしたが。違う方向に行ってしまいました。衝撃的と言うほどではありませんが、フリーなやり方はオープンで、補い合い、面白いと思います。3スター。

Anat Cohen
"Say It" (from Place & Time, Anzic, 2005)
Cohen (tenor sax) Jason Lindner (piano)
Ben Street (bass) Jeff Ballard (drums)

R.C : "Say It Over And Over Again" の心地よい演奏です。コルトレーンの「Ballad」でのものは誰の意識にもあると思いますが、僅かでも違う解釈を聞く事は面白いと思います。サビ部分でのやり方とかピアノソロが好きです。テナー奏者が誰だか知りませんが、素晴らしい音色とサウンドを持っています。3.5スター。

David Binney 
"Sintra" (from Welcome To Life, Mythology, 2004)
Binney (alto sax) Chris Potter (tenor sax)
Craig Taborn (piano) Scott Colley (bass) Brian Blade (drums)

R.C : この曲の作風は、今の音楽の中で好きな方向です。ソロを始める前でさえクリス・ポッターの音は聞き分ける事が出来ます。いかなる場合も彼は望むように何でも演奏出来ます。デイブ・ビニーのアルトからは表情豊かな音と明確なアイディアが聞こえます。素晴らしいトラックです。
 彼等はしばらく一緒に演奏していて、互いに補い合うサウンドとアプローチを持っています。4スター。

Ralph Bowen
"Meltdown" (from Soul Proprietor, Criss Cross. 2002)
Bowen (tenor sax) John Swana (trumpet)
Peter Bernstein(guitar) Sam Yahel (organ) Brian Blade (drums)

R.C : たくさんのコルトレーン・チェンジが聞こえます。彼等は明らかに「Countdown」に凝っていると思います。オルガン奏者は、特にフット(足ペダル)ワークが素晴らしく、このチェンジを見事にこなしています。それはムーグベースのキーボードでしょうか。実に巧みでクールな曲です。3.5スター。

Harry Connick Jr
"Brown World" (from Occasion, Marsalis Music, 2C05)
Connick (piano) Branford Marsalis (soprano sax)

R.C : ハリー・コニックとブランフォードのデュオですが、その通りにサウンドしていない事を知っています。彼等はもっとニュートラルなサウンドのはずですが、リヴァーブはかけ過ぎだし、ミックスはピアニストがリーダーのようです。ステージのライブですが、素晴らしいデュオです。テナー奏者はブランフォードの影響を受け、彼の演奏したラインのように聞こえる事もしばしばです。3スター。



18 
(2007.3/1)

 Downbeat誌のお楽しみ記事の一つ、「目隠しテスト」聞かせるものの情報を一切与えずにコメントをさせるものだが、ミュージシャンの本音などが垣間見えて面白い。
 大ベテランにして現役の偉大なアルトサックス奏者、ルー・ドナルドソン (Lou Donaldson) は1952年のアルバム(Blue Note)から一貫したスタイルを貫き、80才になった頑固オヤジの率直なコメントが続く。

Donald Harrison(alto sax)

Ron Carter(bass) Billy Cobham(drums) 'Third Plane" ( from New York COOL: Live At The Blue Note, Half Note, 2005 )

L.D : 若いプレイヤーだ。たぶんドナルドハリソン(Donald Harrison) とかケニーギャレット (Kenny Garrett) のような。彼等の演奏は革新的だが、ブルースのフィーリングを忘れちゃいない。誰でも新しいやり方での演奏は出来ますが、しかしジャズのエッセンスを維持するべきだと思います。
 巧みなメロディーの素晴らしい曲ですが、コンサートでの演奏として考えると、一般的な聴衆の前での演奏としては少し大胆な気もします。人々の記憶に残って、口ずさめるような部分が何もありません。まあ、独創的なジャズではあるけど。ドラマーは中々面白く聞こえます。3スター。

David Sanbom
"Tin Tin Deo" (from Closer, Verve, 2005)
Sanborn (alto sax) Gil Goldstein (piano) Russell Malone (guit)
Mike Mainieri (vibraphone) Christlan McBride (bass)
Sieve Gadd (drums) Luis Quintero (percussion)

L.D : デヴィッド・サンボーン。音ですぐ分るのだけど、ジャズですか?
 私にはよく分かりません。しかし、彼は素晴らしいフィーリングを持っていますし、そして彼はいかにレコードを作るかをよく知っています。売れるレコードを作るうまいやり方, こつがあります:あなたが世界で最も素晴らしいソロを演奏することができたとしても、もしそれが売れなければ時間の無駄なのです。曲の扱いは良いし、彼のバックのサウンドは完璧だと思います。最も新しい世代のジャズメン達はこの類いのリズムでは演奏しません。コマーシャル・レコーディングに評価を与えることは難しいと思います。しかし、3スター。


Lee Konitz-Ted Brown 
"317 E. 32nd St." (from Dig-It, Steeplechase, I999)
Konitz (alto sax) Brown (tenor sax) Ron McClure (bass)
Jeff Williarns (drums)

L.D : 間違えようがない。リー・コニッツだ。
 "Out of Nowhere"のコード進行の曲だ。リーはリズムの上でリラックスしているな。テナー奏者はウォーン・マーシュかと思いますが、はっきりとは分りません。えっ、違う?リーとウォーンはよく一緒にやっていました。それは私のやり方ではなく、彼ら独特のやり方で独創的でしたが、私はそうはしません。ピアノレスである事が主な理由です。それはある和音と進行の連続を演奏するのですが、もしそれらの進行を演奏し得ないなら、ほとんどいつもデタラメになってしまいます。しかし、それがこの妙な曲で何を演奏したいか、リーの望む方法なのです。3スター。

Charles McPhersoh (alto sax) 
"Blue And Boogie" (from Manhattan Nocturne, Arabesque,' 1998)
Mulgrew Miller (piano) Ray Drummond (bass) Victor Lewis (drums)

L.D : チャールズ・マクファーソンのように聞こえるが。ピアノはマルグリュー・ミラーのような箇所があります。ドラマーもベーシストも私は知らないと思うが、中々巧くこなしています。5スター。
  私はビーバップ・プレーヤーです。そして、これこそがそれです。最初マクファーソンだと判断出来ませんでしたが、フレージングで気付きました。彼はスタイルを維持し続けています。彼はバップ・プレイヤーです。そして、それはビートにもメーターにも正確に乗り、決してリラックスしない事です。
(lay back= リラックスする。この場合はルーズになるというような意味)

Jim Snidero
"Prisoner Of Love" (from Close Up, Milestone, 2004)
Snidero (alto sax) David Hazeltine (piano) 

Paul Gill (bass) Billy Drummond (drums) 

L.D : 奇麗な音だが、誰だかは分らない。"Prisoner or Love"こんな演奏をするプレイヤーで、思いつくのはジョージ・コールマン(George Coleman)だけです。4スター。これは、私がバラードを吹くやり方だけど、私じゃない。
D.B: このプレイヤーはあなたを聞いたと思いますか?
L.D : もちろん。彼が私ほどの年齢でないとしたら、聞いているはずです。

Sphere 
"Hornin' In" (from Sphere, Verve, 1998,)
Gary Bartz (alto sax) Kenny Barron (piano) 
Buster Williams (bass) Ben Riley (drums)

L.D : 君は、私が変な事を言うと思うかも知れないが、クリフォード・ジョーダン(Clifford Jordan)、に聞こえます。シカゴタイプのプレイヤーです。音は古いレコードのようです。曲はモンクのもので、私はレコーディングはしなかったのですが、モンクと一緒にこの曲を演奏しました。サックス奏者はいいのですが、みんな何か譜面でも読んでいるように聞こえます。2スター。
(インタビュアーに誰のレコードか教えられて)
 まったく、彼等のようには聞こえませんでした。ゲーリーには申し訳なく思います。

Ornette Coleman
"Latin Genetics" (from In All Languages, Verve/Harmolodic, 1987)
Coleman (alto sax) Don Cherry (trumpet)
Charlie Haden(bass) Billy Higgins (drums)

L.D : この音楽とジャズの類似点は本質的に何もありません。ブルースフィーリングとグルーブとメロディックラインを以て演奏しなければなりません。ここにはそれが何もありません。ドラムはこのグループのオリジナルメンバーだったビリー・ヒギンズです。私はファイブ・スポットで毎夜のように彼等を聞いたものです。それは面白く、たぶん偉大な音楽だったかも知れませんが、私達が真のジャズと呼ぶものではありませんでした。
 私はチャーリー ・パーカー (Charlie Paker) 、ジョニー・ホッジズ (Johnny Hodges) 、アール・ボスティック (Earl Bostic) 、タブ・スミス (Tab Smith) など、そのような人々に耳をかたむけてやって来ました。それらにはサックスをどう鳴らすかという確かな方法があります。時々。あまりにも多くの事をしようとすると、それは何もしない事になってしまうのです。
 どうしてもこの音楽を分類しろと言うのなら、私は民族音楽だと言うでしょう。しかし、ジャズですか?何もありませんよ。オーネットはいい友人です。彼はいいヤツです。しかし、これは彼が望む方法です。オーネットはこれでいいのではないかと思います。


17
(2005.11/9)

 この秋の来日公演が最後のツアーになるらしい巨匠ソニー・ロリンズ(Sonny Rollins)の記事(september issue)は、しばらく姿を消していた後の復帰第一作(1962年発表のアルバム)「Bridge」にまつわる話で始まる。
 
川と同じように、橋は、道、線路等様々に交差し、それらは接続、分離、移行、距離と孤立のシンボルであり、ソニー・ロリンズは今また新たな橋を自分の中に見い出しているとJohn McDonough(以下J・M)は語る。

 (9/11のテロを体験し、昨年40年連れ添った妻を亡くした75歳の老芸術家の話が身にしみる。しかし、引退などと騒がれてはいるが、単に大掛かりなツアーを止めると言うだけで巨匠の音楽に対する意欲はいささかも衰えてはいない。たぶん、お元気ならばまた早々にストリングオーケストラなどを従えてひょっこりステージに姿を現しそうな気もするのだ。)

J・M -1961年、作家ラルフ・バートン (Ralph Burton)はメトロノーム誌に、ある夜ジャズファンがイースト・リバー (East River) の橋の上で演奏する孤独なサックス奏者に出会う、という小説を発表しました。小説ではウィリアムズバーグ橋ではなくブルックリン・ブリッジ (Brooklyn Bridge) になっていましたが、読者はウィリアムズバーグに住むロリンズがモデルではないかと考えました。
 半ば引退状態であったロリンズは多くのジャズファンの興味の対象でしたから、彼がその秋にジャズギャラリーに再び現れたとき、誰もがその「橋」について聞きたがりました。

S・R「あのアルバムはしばらく退いた後の最初のレコーディングでした。コンセプトは自然なもので、何の制約も無く行われました。」

J・M - 4年前の9/11テロ時、彼はマンハッタンのアパートに住んでいました。その4日後、ニューヨークの金融関係地区 (Financial District of New York) から退避を命じられた彼は、妻の勧めに従い、予定されたコンサートの約束を果たすためにボストン (Boston) に赴きました。そのWithout A Song・コンサート(9/11のコンサート) が、1986年の「G - Man」に続く、ファンタジー/マイルストーン・レーベルでは初のライブ・アルバムです。このアルバムを聞く多くのファンは、あの「The Bridge」を思い起こすのです。43年前のビクターのLPと同じく、「Without A Song」が最初のトラックです。

S・RRCAは Prestige あるいは Fantasy より大きい規模でアルバムの販売を促進する立場にありました。George Avakian(プロデューサー)は私に対して丁重でしたし、私は今までとは違う立場にも立たされました。プロデューサーの立場に立ち、演奏する素材を選択し、共演者も望み通り得る事が出来ました。

G・A George Avakian(ジョージ・アヴァキャン- プロデューサー)
 ソニー (Sonny) はその時代の多くのジャズ・ミュージシャンと非常に異なっているように思われました。 彼はシリアスで 神秘的でもありました。 鋭く知的な人であった事も重要でした。音楽以外の事に興味を示さないジャズ演奏家の録音をする事はあまり面白くないように思っていましたから。
 アルバム構想として、「The Bridge」はウィリアムズバーグ (Williamsburg) でのソニー (Sonny) の練習について多くを利用し、宣伝するように意図されました。50年代からビーバップを越えて(すでに)ジャズを助け、また実験的に熱心な若者ソニー・ロリンズ (Sonny Rollins) のそれからの10年を計る音楽的なブリッジを表現するように意図しました。

 ソニーはまだ多くの聴衆に知られてはいませんでした。しかし、彼は何かを成し遂げる才能を持っているように思われました。 私は1961年にRCAビクターに来た時、彼を私の No. 1の標的にしました。Atlanticの ネスヒ・アーティガン (Nesuhi Ertegun) は同じようにソニー (Sonny) に興味を持っていて、ソニー (Sonny) のマネージャーでありモダンジャズ・クァルテット(Modern Jazz Ouartet) の代理をも務めたソニー・ケイ (Sonny Kaye) に話をしていました。Nesuhi は若干のロリンズ (Rollins) のオーディションテープを作りました。けれども我々は競争相手ではありませんでした。彼はそれら聞かせてくれました。それはブリッジ 「The Bridge」 を計画する私には有用でした。私はまだそのテープを持っています。

 ここで、ロリンズはこのインタビューに遅れてやってきた事を詫びつつ、妻の死の事などを語り始めます。

S・R「私は今までオーバーロードで苦しんでいました。それにインタビュー、アポイントメント、税金の事などで困っていました。
 
私はそのようなことをする事が好きではありません。

 (広報さえ雇わず、妻ルシールに全てをまかせていた事をロリンズは語る。)

 私はプライベートではかなり孤独癖のある生活を送っていました。あらゆる種類のあまりに多くの責任ともめごとに縛られるほど有名でありたいとは思っていませんでした。

 (彼はニューヨークから40マイルほど離れた10エーカーの農場を持つ家で過ごしていた事を語っています。彼は映画鑑賞に多くの時間を割きました。少しのヒントで正確なクレジットが即座に言えるほど詳しいようです。)

 「私は「 Round Midnight 、 Bird and Lady Sings The Blues 」等、ジャズプレイヤー、ジャズ・ライフについての映画には落胆しています。それは50年代の「Young Man With A Horn, The Man With The Golden Arm and indirectly、 The Sweet Smell Of Success」もそうでした。グレン・ミラーの「 Orchestra Wives from 1942 with Glenn
Miller」(グレンミラー物語)のビデオも持っていますが、それらさえ無頼の, やくざな叙情詩人のように扱われていました。それは優しさもありましたが、まだ幾分軽蔑的でした。けれどもある意味でそれはジャズ・ミュージシャンが誰であるかです。我々はこのビジネス社会では部外者なのです。

 J・M - 部外者であっても勝つことがあります。近年、ピート・シーガーなどハドソンの友人達と、スイス (Switzerland) ベースの世界で最も大きいセメント工場を建てる計画に対して反対運動を起こしました。多くの人々がその汚染と河川交通で環境を破壊する巨大な奇形物建設を止めるための運動に参加しました。

 J・M -妻の主張もあり、彼は多数の環境保護のグループのメンバーになりました。 彼女の死後、彼は、個人がすることの限界も感じ、協会のいくらかを失いました。多くの問題の中心にあるものは貪欲でもあり、それにどう対処すべきなのかは分かりません。しかし、それはこの国が発展する事であって世界はそうやって動いているのですから逆らうことができません。 私は未来については失望しています。

 J・M - しかし、彼はコミットメントを発信し続けています。
 1958年の「Freedom Suite」と同じく最近の作品「Global Wanning」のように。

 B・Cボブ・クランショウ ( Bob Cranshaw「Bridge」からロリンズバンドを長い間支えてきたベーシスト。)
 ロリンズとの初めてのレコーディングでした。よく覚えているのは、録音であのようなギャラをもらった事がなかった事です。それに、最も長い仕事の1つでした。なぜならソニーを一所に留めて置く問題がありました。我々はそれに慣れるためにスタジオでリハーサルに多くの時間を費やしました。彼はプレーしながら辺り中を動きまわり、ジョージ・アヴァキャンを悩ませました。それはサクソホンのためのマイクを作る前で、結局彼らはベルに小さいマイクを取り付けることになってしまいました。彼は演奏しながらスタジオの外の廊下にすら出て歩き回りました。今でも同じです。彼はヘッドフォンを録音中にする事にさえてこずります。

B・P:ボブ・プリンス ( Bob Prince) (共同プロデューサー)
 ジョージ・アヴァキャンに私がプロデューサーとして彼を助けるように依頼された時、私はかなり手軽なものを渡されました。構想はすでに練られていて私はそれに何も関与していませんでした。グループはスタジオに入って来る前にまとまっていました。皆が準備できている状態で入ってきたのは素晴らしい事の1つでした。私は最も良い音質を得るための事以外、何も内容に関して特別な事をするようには言われませんでした。ソニーがOKテイクも決めましたから。

J・H:ジム・ホール (Jim Hail ギタリスト)
 セッションそれ自身はまれではありませんでした、しかし音楽的な経験は際立っています。我々は、テンポの緩急を行き来する方法で面白かった「John・ S」と呼ばれた作品をプレーしました。ためらいがちなテンポで始まる冒頭部分からボブ・クランショウははっきりとしたベースパートを持ってませんでしたから、彼は何とかラインを見つけ出そうとしていました。他の、我々がジャズギャラリー (Jazz Gallery) でやっていた曲などは特に新しかったとは思いません。

 J・M - ルシールの死後、彼は新しい出演契約で比較的激しいスケジュールを引き受けました。 

S・R「7月、我々はモントリオール (Montreal) とリビエラ (French Riviera) に旅行しました。9月は Tanglewood 、 モンタレー (Monterey) 、サラトーガ (Saratoga) 10月にアンアーバー (Ann Arbor) 、 とマジソン (Madison) 、日本 (Japan) それは体力的に処理できる限界に近いものです。
 私はさらに多くをして、そしてもっと多くの金を得ることができましたが、決して安定した資産を持ってはいません。いくらかの人々は、私が有名だから資産が多くあると思うかも知れません。けれども私はつつましい仕方で生活しています。私に重要なある特定のものがあります。それを持続することができる限り、これ見よがしの暮らしをすることを望みません。それは私が信じるものと正反対です。物と精神的なものを適切なバランスの中で持ち、 可能な限り控え目に生きることを望みます。
 私のアイドルであった多くの素晴らしい人々が、良いキャリアポジションで終える事なく、時々ほとんど貧窮しているのさえ見てきました。それを見るのは辛い事でした。
 それで私は何年も前にたばこを止め、ドラッグで自分にダメージを与える事も含め自分から死に向かうような不都合な事は一切していません。言わば、それは自分自身の運命を選択することが可能であると思えます。」

 J・M - 彼の妻はかなりの影響力を持っていました。彼女は彼の為にえり抜きのスケジュール調整代理人(booking agent)を使いました。

 S・R「私は自分が出来うる限りの場所に到達したと思います。それが充分に名誉ある事ではないかと望みます。」

 J・M - ツアーサーキットを避けるとは言え、彼は彼の名前だけで単独の公演を成立させる事が出来、主要な開催場所を満たすことができる僅かなジャズ・ミュージシャンの一人です。この先、同時代の高名なオスカー・ピーターソン (Oscar Peterson) が時折そうするように、再びクラブでプレーするでしょうか?

 S・R「クラブでの演奏はコンサートホールで欠けている経験が出来ます。クラブでプレーする時は独特の高揚感あるフィーリングを感じます。 けれども、おしなべて激しくプレーする私のような演奏家にはある特定の欠点があります。 クラブでは一晩に何ステージも演奏しなければなりません。それを続ける事は問題です。 しかし、私はクラブでプレーすることが好きですから、多分いつかそれは実現するでしょう。」

 J・M - 一方コンサートのステージは相変わらず好調です。
 
最近の4月7日のシカゴ (Chicago) シンフォニー・センターでの公演は好事例でした。 ロリンズはテナーを高く掲げて幾分猫背気味に、しかし力強く舞台に歩いてきました。「Without A Song」と同じく六重奏団でしたが、スティーブ・ジョーダンが (Steve Jordan) がPeny Wilsonに変わりドラム、ボビー・ブルーム (Bobby Broom) がStephen Scottに変わりギターでした。一見してグレイのヘアーと白いあごひげ、黒いサングラスは老人に見えました。「That Old Black Magic」から始まった2時間余り、アンコールの陽気なカリプソ、「セント・トーマス 」(St.Thomas)まで聴衆を失望させる事はありませんでした。ロリンズ は 機嫌よく、一時期過ごしたこのシカゴが懐かしくも好きであると言いました。しかし、ロリンズのパートナーによれば彼はこのコンサートは少し平坦だったと述懐したそうです。

 J・M :「それはすべての演奏がですか?」 

 S・R「いいえ、そうではなく私は私自身の厳しい評論家です。他より幾分良かったとしても同じです。もっと良い何かを引き起こさせるかも知れない都市の公演のことを思い起こすのは容易ですけど、シカゴ (Chicago) でプレーすることは喜びです。
 ステージは学校のようなもので、私次第で聴衆を動かすことが出来ます。聴衆が心を動かすことを期待してはいません。私のサウンドがよいか、バンドが上手くいっているかは彼らの責任ではありません。彼らのためにプレーして、そして我々を正当に評価させることが我々の仕事です。」

 J・M : 批評家はそのような立場をとることを非難したりもしますが、ロリンズはシカゴでの聴衆に対するようにプレーして、彼らをかき立てることを楽しみます。

 S・R「私達はダンスパーティーでプレーした時代からやって来ました。マイルス・デヴィスと言えど、すべてのミュージシャンはダンス場で演奏したでしょうし、人々を躍らせるために音楽を奏でたのです。マニアが集まって聞くジャズもあるでしょうが、彼らの背後にはダンサーもいるのです。 人々のダンスのためにプレーすることは私には自然なのです。 私はそれが悪いことだとは考えません。

J・M :少しそれを煽ったりしますか?

 S・R「まあ、場合によります。もちろん、我々は人々とそのエネルギーに対してプレーします。たくさんの人々がジャズを非常にまじめに受けとめます。
 たくさんのシリアスな著作物が私の音楽のいくらかにされました、そしてこれは私を利用しているように思われるかも知れません。私はカリプソを演奏します。それらは非常にリズミカルです。しかし、それがただ聴衆を興奮させるためにだけ演奏しているという印象を持たれたくはありません。
 これらの作品をプレーすることにはまだ音楽的な挑戦があります、それを見落として欲しくないのです。私はそれらを使い捨ての曲だとは思っていません。 それらは私のレパートリーの一部です。演奏したいときに、演奏すべき時に演奏しているだけです。聴衆が面白がるからと言って、音楽的に低度のものだとは考えていません。」

 G・A George Avakian「The Bridge」は25番街のRCAのスタジオで1月 と2月 に3つのセッションで作られました。 私はいくつか主要な会合があって都合が悪く、それでボブ・プリンス (Bob Prince) に一部の代理を頼みました。

 S・R: 私は決してもっと商業的でなければとか、あるいは私以外の誰になろうとか感じることはありませんでした。ジョージは私が望んだようにするチャンスを与えてくれました。彼は何かを提案してもよい筈でしたが、決定は私のものでした。彼等は私が何を言われようと普通にはフィットしない風変わりなアーティストであることを知っていました。それで、彼らは出来うるかぎり私自身の判断に任せてくれました。
 ジョージ はそれを「ブリッジ」と呼ぶアイデアを持っていました。それは制限を感じないで私が働くのに充分なアイディアでした。

 G・A : 私の唯一の要請は「ブリッジ」と私が呼ぶことができるオリジナルを演奏することでした。実際に2つのオリジナルがありました。 「John・S」は「ニューヨーク・タイムズ」のジャズ評論家、ジョン・S・ウィルソン (John S. Wilson) 、に捧げられています。ソニーはそれまでにも数度それをプレーしていました。他の曲は完全に彼の選択でした。 私は彼に素材選択の白紙委任状を与えました。

 J・H:ジム・ホール: 私は未だにソニー (Sonny) が作品を探求して、何かを作り出す事に対して畏敬の念に打たれています。我々は「God Bless The Child」をプレーしました。彼は胸をしめつけるような音を出しました。 他の作品はそれぞれまた違った感情を表現します。彼は時々我々に何も告げずに、リズムセクションが止まらざるを得ないように強く演奏したりします。 それから彼は一人だけでその曲を吟味し、そして最終的に我々はテンポの中に戻るのです。

 B・Cボブ・クランショウ : 私は決して「God Bless The Child」を忘れないでしょう。我々は3時間 !、3時間それをプレーしました。それは我々とはほとんど無関係に続きました。ソニーはさらに多くの事を試みていたのです。我々も多くのテイクを録ったと思いますが、彼はさらに多くをし続けました。我々は2時間も待った後にそれを演奏することにうんざりでした。 それにソニーがそれから何かを得ることを望んだとしても、彼はまだそこに辿り着いていませんでした。
 我々は同じことの繰り返しが続き、丘を下り始めたと感じました。しかし、ソニーはまた更に、恐らく10以上のバージョンを続けました。 私はもちろんコードチェンジをプレーしなければなりませんでした。しかしそれは、特にジム (Jim) にとっては難しかったのです。なぜなら我々は彼が何を探していたか知りませんでしたから。
 それは、私がソニーの狂気とでもいうべき方法を分かり始めた時でした。私の役割は、彼とジムが他のものを作ることができるように、まさに堅実な状態でいることでした。それはチームでした。私のするべきことは堅実にブロックして道を作ることでした。」
 
 
J・M -ロリンズはライブとスタジオ録音に対してに特別な差異を持ってなくて、ライブのCDの計画も当面は持っていません。80年代中頃の「Solo Album」と「G-Man」の2つはライブでしたが、その後はニューヨークのクリントンスタジオで制作されました。ルシール (Lucille) は平均的な聞き手の好みを代表して、それ相応に彼に助言しました。

 S・R:「彼女は、どうして聴衆が私を聞くために来るかを教えてくれました。彼女は総体的見地をもたらすことができました。 私の作ったレコードのいくつかはひどいものだと思っていましたが、彼女は「いいえ、良いです」と言いました。 彼女は私の2番目の耳でした。」

 ルシール (Lucille) はファンによる秘密録音、海賊盤の問題に敏感で好戦的でした。
 不幸にも彼女は技術的な解決がなされようとしていた時に亡くなりました。

 ここでロリンズは今日行ったライブの音源を即座にホームページにアップしてダウンロードを提供しているロックバンドの事などに触れ、ネットで配信する事にそのコストを含めて非常に興味を持っている事を語っています。それはレコード会社との契約の煩わしさがなく、ミュージシャンに入るお金の問題でもあるようです。

 J・M - Rollins の新しいCD、(ファンタジー/マイルストーンの22枚目、は現在の契約では最後のものです。
 2004年にファンタジーグループ (Fantasy Group) を獲得したコンコードは彼のレーベル在籍続行への興味を表明しました。

 S・R:「まだ合意に到達してはいません。今のところまだ未解決です。もし、そうなればファンタジーがすでに私のカタログの多くを持っているから、事は容易でしょう。 コンコード (Concord) に行くとすれば、恐らく今ファンタジーで一緒の人々も関係してくるでしょう。」

 
J・M - ロリンズは現在、合併された Prestige / Contemporary / Riverside カタログのほかに、50年以上遡って数百の個人的に作られたコンサート、放送とクラブレコードの大きなライブラリの一角を占めています。それらはロリンズの望むようにベストのものを公表することを熱望している収集家カール・スミス (Carl Smith)によって集められました。
 ルシールが生きている間、彼女はこれらの無許可のテープのほとんどを海賊盤と見なして、リリースを考慮しませんでした。彼女の死後、ロリンズは素材を再考することをいとわなく思われます。 けれども、その記録から公表された 「Without A Song」 は別として、他の何も現在リリースの予定はありません。
 そして、彼とコンコード (Concord) のいずれもその将来を論じるに至っていません。
ロリンズが「Sonny With Strings」の様な作品をリリースする事も何時になるのか分からない状況です。2年前にパーシ・ヒース (Percy Heath) は彼を讚えました。

「1950年代、私達は若くてすべてその中で一緒にいました。 けれどもあなたは歩き続けました。 あなたはビーバッププレーヤーであることに留まりませんでした。」
 ロリンズは有効な提案にはまだ受容的です。

 S・R:「私は表現を高めることができる何でも受け入れます。今、私は生活を立ち直らせようとしています。もしオーケストラあるいはストリングス・プロジェクトなど、適切な人々から申し出があったら、自身を表現する方法と考え、それについて話をする用意はあります。それはすべて本当に、ソニー・ロリンズの表現についてです。 それは私についてのものです。」

 
J・M -ロリンズが彼のレギュラー・グループ以外に録音した時から、何年も経っています。 そして今、ロリンズ がコールマン・ホーキンス (Coleman Hawkins) と一緒に1963年にしたように、マスターと一緒のそれらの瞬間を待っているかも知れない多くの素晴らしい若いプレーヤーがいます:ジョー。ロヴァーノ (Joe Lovano) 、ジョシュア・レッドマン (Josuha Redman) 、ジェームズ・カーター (James Carter) 。 「彼等はとても若くて、私にとっては良いでしょう」、とロリンズ はウインクしつつ言いました。

 S・R:「それが悪い方向に向かわなければ、多分サキソホン・バトルも面白いでしょう。 今までにない創造的なレベルに達することが出来るのならば、他のプレイヤーと演奏することも含めて、何でも受け入れます。あなたが言った人達は素晴らしいです。 私は彼らのすべてを愛します。」

 
J・M - ロリンズを探し求めることと同じく、もちろん彼らは音楽の歴史の中に連結する道を探し求めているでしょう。ロリンズと対等に渡り合った同世代の奏者は4年早く生まれたジョン・コルトレーン (John Coltrane) だけでした。彼らには多くの共通点がありました。双方ともに絶え間がないダイナミックな変革の精神を持つ探求者でした。けれどもColtraneは彼の聴衆が望んだもっと多くのことを奪うような若さで死にました。 それで彼は、一部、神話のようになりました。彼の信奉者は熱心であり続けました。 それと対照的に、ロリンズ のキャリアはその成長の論理に従って行なわれ続けます。彼によって想像力をかき立てられることは少ないかもしれません。ロリンズは神話のゆがめられた影響力を知っています。けれども歴史のランキング - 常にファンと批判家の大好きなインドアの娯楽 - は彼の関心事ではありません。

 「個人的に、私は長い、そして生産的な生活の方が神話の不滅より好きです」、と彼はほとんどこのような比較の関係者になることに気が進まないかのように言います。

 S・R: 「それは歴史的には不利な立場に私を入れるかも知れません、しかし私が選択をすることが可能であったことがうれしいです。私は Coltrane あるいは Lester あるいはホーキンス (Hawkins) あるいはチャーリー・パーカー (Charlie Parker) と競争することを望みません。 もし私がそうしたなら、私は恐らく何かが欠ける事にもなったでしょう。けれども私は、自分がしたことに充分満足しています。 うまくいけば、私がここから(この世から?)出る前に、私の元帳に何かを加えることが可能でしょう。」

 B・P:ボブ・プリンス
 LPには6つの曲が収録されました。しかし何らかの理由で収録されなかった他の曲がありました。 「Will You Still Be Mine」はその一つで、 「Day In Day Out」がもう1つでした。さらに多くがあったかも知れません。 そして他の曲の別テイクがありました。私はこのセッションのすべてのテープのコピーを編集目的のために持ち帰りました。 幾つかの素晴らしい別テイクがありました。編集は事実上してないと言えるほど僅かです。 すべての曲が1つの完全なテイクとして公表されました。

 B・C:我々がスタジオから出る時、私は彼とジムが(すでに)並外れた何かをしていたことを確信していました。 それを感じることができました。 最終の結果を聞いた時、私はそれが傑作であると思いました。

 S・R:「The Bridge」は評判になりました。しかし、私のすべてのレコードの中でのランクを私に聞くのなら、自分の仕事に対して演奏のことなどさまざまな理由で批判的な私にとっては触れて欲しくない質問です。

 芸術家として、私の聴衆に1枚のアルバムを振りかざすべきではないとも思います。 それは彼らの選択です、そして私はその討論に入ることを望みません。」

 J・M - ロリンズ はまだ不完全であるために新しい立場があると強く主張します。 
 それはスターとの行列の事ではなく、彼の中で起こっている事です。彼は模索する事に集中しています。

 S・R:「私はまだ楽器を練習します。私は自分の音楽がある方法で変化することを期待しつつ、多くの基本的な事柄を指で試しています。何を探しているか説明することはできません、しかし私がすることを望んだものの多くを手に入れたことを知っています。以前には成しえなかった閃きに達するポイントを見いだすつもりです。
 そのひらめきの追求に従う方法が自身を無用な期待のプレッシャーから守るはずです。私は著名ですから、人々に常に見守られ判定されるメディアの中に投げ入れられました。自分を見失わなわずセンスをゆがめないように、自分自身を保護しなければなりませんでした。私は今、同じことをしようとしています、しかしそれは同じ音楽をしようとしていることを意味しません。」

 J・M -45年前、ウィリアムズバーグ・ブリッジ (Williamsburg Bridge) はロリンズが彼のひらめきを求めることができ得る孤独な場所でした。
 今日、彼は次のひらめきの捜索でまだ「橋」 (それがたまたまそうであるかも知れない所はどこでも ) に戻るのです。

John McDonough

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