1
(2003.7/18)
DOWNBEATの最新号は批評家による人気投票結果特集。
人気投票なんか何だ、とか思っていても興味深い。
今期のNo1はWayne Shorterのようだ。
HALL OF FAME
JAZZ ARTIST
ACOUSTIC JAZZ GROUP
JAZZ ALBUM
SOPRANO SAXOPHONE
COMPOSER OF THE YEAR
以上の部門でトップ。
アルバムは「Footprints Live」での受賞。このアルバム、ディスクレビューは結構辛口だった筈がトップ。この後、Dave Holland Big Band「What Goes around」Keith Jarrett「Always Let Me Go」とECMが続く。
Dave Holland Big Band は不勉強で知らない。
8月のシカゴ・ジャズフェスティバルのお知らせには、このビッグバンドとMcCoy Tyner Big Band の名前がある。メンバーは不明でも、濃いバンドであることは間違いなく、興味深い。
現在、Shorter のアルバムの売れ行きは「 Footprints Live!」30,000。新しいスタジオアルバム、「 Aleglia 」がおよそ14,000。ハードコアジャズは主流の音楽ではないとは言え、意外に少ない。
「 人々は良い音楽に心開かれるはずです」と Shorter は熱意をインタビューで語っている。「マーケットで創造的な適所に立ち、多分少数の耳を切り開くことができると信じます。 聞かれさえすればカントリーしか聞かない人々に何か新しい体験をもたらすかもしれないのです。音楽の音自体が特別のメッセージを持っているわけではなく、それはまったくニュートラルなものなのです。如何に聞くかは聞く人々に委ねられています。」
投票結果に戻って、トランペットのトップ、Dave Douglas も知らなかった。
テナーサックスはJoe Lovano。
新人部門(Rising Starと言うらしい)ソプラノサックスJane Bunnett は女性。
Ornette Colemanが健在でNew Orlens Jazz & Heritage Festival に息子Denardo(Ds) Tony Falange(bs)のトリオで出演。ゲストにクラリネットのAlvin Batiste。大所帯の彼のバンドには興味なかったが、トリオでのライブだったら聞いてみたい。近影を見るとマウスピースがラバーのたぶんメイヤーに替わっている。ずいぶん昔しか知らないから驚いた。
Herbie Hancockがシカゴ交響楽団(CSO)と共演したらしい。「Gershwin's World」から何曲か演奏。彼は11才の時にも、このオケと共演していて、モーツァルトのコンチェルトを弾いたとある。
知らなかった。
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2
(2003.8/30)
トルコはイスタンブールとアンカラで行われる、The 13th Akbank Jazz Festival (日程10月8日-19日 )
テーマは"Liberal Definition of Jazz"
(進歩的なジャズの定義?Liberalには偏見のない、自由なという意味もあるから、私的には固定観念にとらわれない、自由なという意味合いの方を取る)
ジョン・ゾーン、デヴィッド・マレー・ラテン・ビッグバンド、カーラ・ブレイ、エヴァン・パーカー、ジミー・スミスなどの顔触れ。
デヴィッド・マレーのバンドがどうなのか知りたい。
インタビュー特集は御歳82の巨匠デイブ・ブルーベック
ブルーベックは牧場主の家で生まれた、いわゆるカウボーイで、実際に牛を追っていたのだ。戦時中はパットン将軍の装甲部隊にいたらしい。従軍赤十字の娘達のためにピアノを弾くこともあって、最前線に行くことがなかったことを幸運だったと語ってはいるが、戦争は多くの悔い(REGRET)を彼に残したようだ。
MILLS COLLEGEに入学した彼はDARIUS MILHAUDに師事。
ミヨーは、「ヨーロッパ音楽の背景を持っていなくて、訓練もなく楽譜を読めなくても、あなたが作曲家になると言うのなら。あなた自身のものでそれを理解するのです。私は対位法とフーガを教えることができますが、ただあなたの年齢(26)で、真のヨーロッパ音楽のバックグラウンドを得ることは決して出来ないでしょう。でも、あなたは作曲家になるのですネ。!」
落胆するブルーベックにミヨーはジャズバンド(Octet)の為の作品を書くように勧めてくれたらしい。
Take Five誕生の逸話。
元々、この曲のアイディアはジョー・モレロが叩いていたリズムから始まったということだ。ブルーベックは幾度かこのリズムを聴く内に「この拍子で曲が出来ないか?」とデスモンドに持ちかけた。
デスモンドはオークランドのブルーベックの家に来たとき、階段を上りながら、「5拍子じゃ、何も書くことは出来ないよ。」と言ったそうだ。
「君がジョーのリズムに合わせて吹いているのを聴いたことがあるぞ。それで、何も作らなかったの?」「いや、モティーフを二つだけ作ってはみたけど、、、。」
その演奏を聴いて、ブルーベックはバッキングのラインが浮かんだようだ。
元はドラム・ソロのためと考えていたこの曲。シングルカットされて大ヒットを記録した。
(古くはカーネギーホールのライブ盤、ジョーのソロが大きくフィーチュアされていた。来日したときのライブでは、ブルーベックは途中から2拍半ずつで5拍子を2分して、更にそれを倍にした。すると、ジョーの5拍子にクロスしてブルーベックの4拍子が聞えるという恐ろしい事態になったのだ。ブルーベックの弾くコードはガンガン響き、元の可憐さのかけらもないていく・ふぁいぶだったのだ。)
ベースのユージン・ライト (Eugene Wright) は白人グループの中で能力を発揮した最初の黒人ということにもなる。ブルーベックは多くのコンサートで人種差別に対する抗議を掲げて演奏した。
現在、 Brubeck はストックトン (Stockton)の大学、 Brubeck 研究所 (Brubeck Institute) で、5人の学生(オーディションで70名余りの中から選ばれた)と、時間の許す限り過ごしたりしている。
「 Christian McBride 、J.B. Dyasは研究所のディレクターです。
ある子は、今までに聞くことを望んだ最も速いテンポで「 Giant Steps 」を演奏して私を怖がらせました。まあ、ゆっくり弾いても、私を怖がらせるでしょうけど。
キューバ (Cuba) からのFabian Almazan、彼はピアニストで、18になりました。」
(何処にでもいるわけです、天才少年。)
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3
(2003.10/13)
7月11-20日 Umbriajazz (イタリア ペルージア)は30年目を迎えて盛り上がったようだ。Sonny Rollins 、 Ornette Coleman 、 Caetano Veloso 、James Brown、 Tony Bennettなどの出演。
最初は「イタリアのジャズウッドストック 」だったこのイベント、都市の公園と広場でキャンプをするファンの支持を得て、大きなフェスティバルになっている。
ポップス、ディキシーランドジャズ 、R&B、ブルースバンドなど無料のアウトドア・コンサートもあり、毎日正午から午前2時まで100近いステージを開催したということだ。Brad Mehldau 、Joao Gilberto、Bobby McFerrin 等は19世紀 の建物 Teatro Morlacchi Teatro del Pavone のような場所でのコンサートだったらしい。
メインの4000席の野外アリーナではジャズ、ブラジル音楽とファンクなど。
この夏ヨーロッパでの唯一の公演となったSonny Rollinsはカリプソ「 Don't Stop The Carnival 」で聴衆を熱狂させ、別の日のオーネット・コールマン は90分のアコースティック・カルテットセットのアンコールで、何と「 Lonely Woman 」(滅多に聴けるものではないはずだ)を演奏して深い感動を与えたという。
また、Caetano Veloso のソロコンサートは満月の下で行われ、正に神秘的な瞬間を生み出したらしい。地元のトランペット奏者エンリコ・ラヴァはフィル・ウッズ (Phil Woods) とリー ・コニッツ (Lee Konitz) と共に現われ、 Stefano Bollani(piano)と Stefano di Battiste(alto sax)はデュオ。
他にもアル・マッケイ(Guitar)ジェイムス・ブラウン、クール・アンド・ギャング等々、なんと面白そうなフェスティバルだろう。
このNovember issueには他に「timeagain」についてのサンボーンのインタビュー記事、ジャック・ディジョネットのシリアスなインタビュー記事があって濃いのだ。ディジョネットのインタビュアーがグレッグ・オズビーというのも面白い。
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4
(2003.11/16)
9月13日、American Drummers Achievement Award( ADAA )(アメリカの音楽シーンでの業績に対してドラマーに送られる賞。主催は Zildjian)の受賞記念パーティがボストンのBerklee Performance Center)で行われたそうだ。(因みに当日はSold out)今年の受賞者はSteve Gadd。9歳から始めて、11歳の時にはディジー・ガレスピー (Dizzy Gillespie)と 共演していたスティーブ・ガッドも御年58歳。
ホストには ビル・コズビー (Bill Cosby)を迎え、リック・マロッタ (Rick Marotta) とヴィニー・カリウタ (Vinnie Colaiuta) もこの偉大なドラマーを讚えました。
Larry Goldings、Martin Landau、Tom Scott、Jimmy Johnson、Will Leeなどと共に演奏。Marotta と Colaiutaは別のセットで演奏。
前半の最後はポール・サイモン (Paul Simon) とGadd のデュエット"50 Ways To Leave Your Lover."でした。
Louie Bellson(1998年に ADAA の受賞者)、John Beck、 Anthony Jacksonなども登場。会場にはロイ・ヘインズ (Roy Haynes) 、エルビン・ジョーンズ (Elvin Jones 同じく1998人の ADAA受賞者)、スティーブ・スミス (Steve Smith) 、クリス・パーカー (Chris Parker) 、ケンウッド ・デナード (Kenwood Dennard) なども集まった模様。
James Taylorによる"October Road" と"Country Road" は感動を誘い、Ellingtonの"Things Ain't What They Used To Be" で幕を閉じました。この日の模様はビデオ収録され、2004年早々にDVDとして発売予定とのことです。
この他、03/December issueにはパット・メセニーの記事があって、近況を語っています。
読者の人気投票結果も出ていますが、私は不勉強なため知らなかった ビッグ・バンド部門。Clayton-Hamilton Jazz Orchestra
他にテナーサックス部門は御大Rollins、Lovano、Shorterと続き、アルトサックスは Phil Woods、 Garrett、 Bud shank、、、。
アルバム、ソプラノ、作曲部門は、ここでもやはりShorterでした。
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5
(2003.12/15)
Down Beat 2004 January issue には興味深い記事が幾つか
ほんのサワリを紹介。
デューイ・レッドマン(DEWEY・ REDMAN )の短いインタビュー記事。今や、より有名になったジョシュア・レッドマンの父親という扱いをされることも多いのだが、オーネット・コールマン、キース・ジャレットなどと活動を共にした偉大なサックス奏者の歩んできた道が真摯に語られている。
彼の演奏は上の2人のアルバムで聴くのが手っ取り早いのだが、何枚かのリーダーアルバムに聴かれる印象そのままの飾り気がなくストレートな語り口に人柄が窺える。
1998 、セシル・テイラー (Cecil Taylor) とエルヴィン ・ジョーンズ(ElvinJones) とのセッション(Verve)の話から始まっている。
詳細は語っていないが、彼はリハーサルを重ねてスタジオに向かうことの方が好きだと言っているところを見ると、セシルはスタジオに入ってから予定とは違うプランを示したようだ。
Redman は Coltrane の伝説のリズムセクションだった頃のジョーンズ とベース奏者、ジミー・ギャリソン (Jimmy Garrison) と会った時のことを語っている。
コールマン (Coleman) の「New York Is Now」 セッション (1968)の時のことだ。
(確か、レッドマンを初めて聴いたのはこのアルバムだったと思う。
コールマンが同じサックス奏者をサイドメンにしたので、さてどんなプレイヤーだろうと興味津々聴いた記憶がある。
印象は強烈だった。唸りながら吹く荒技があって、何と声とサックスの音をハモらせて(2声にすること)しまうのだ。「おっそろし!」というので真似てみた。難しい芸当だったのだけど、ハモった瞬間頭蓋全体が震え、目まいがする恐ろしい奏法だったのだ。この奏法は彼が考案したやり方で、喉頭音奏法というように紹介されていて、アルバムの中の「Soul Garden」で聴かれる。)
さて、そのレコーディング、レッドマンはジミー・ギャリソンに声をかけてもらうまではかなり不安だったそうだ。
ジミーが言ったのは
「やった事もないことをやろうとしないで、君ができることに最善を尽くせばいいんだ」
レッドマンはO・コールマン (Coleman) がルイス・ジョーダン (Louis Jordan)の真似をしていた、フォートワース (Ft. Worth) の高校時代からの友人だった。
「他の皆と同じように、彼もバード (Bird) の信奉者でしたけど、 私はそれを理解しませんでした。私の、ヒーローはジョニー・ホッジズ (Johnny Hodges) でした。
ある時から Ornette は Ornette のように演奏し始めました。
彼は完全に異なった方法でスタンダードを演奏したのです。」
1959年、オーネット・コールマンがニューヨーク (New York) で鮮烈なデビューをしたころ、レッドマンはロサンゼルス (Los Angeles)にいた。
ニューヨーク (New York) に行くことが目標ではあったものの、サンフランシスコ (San Francisco) で7年を過ごし、サックス奏者- エディー・ロックジョー・デヴィス (Eddie Lockjaw Davis) 、ソニー・ロリンズ (Sonny Rollins) 、デクスター・ゴードン (Dexter Gordon) とジョニーグリフィン (Johnny Griffm)などから学んだと言う。
ベン・ウェブスター (Ben Webster) と共演したときに受けたアドバイスも忘れられないと語っている。「君は奇麗な演奏をするけど 、もっと大胆な方法も知るべきだよ」(意訳)というようなことを言われたようだ。
Coltraneと出会ったときの話。
Coltraneのモーテルを数回訪ねて話をする事が出来たそうだ。
舞い上がって間抜けな会話でもあったと語っている。
何とか演奏上の秘密を知りたくて、教材などを聞きだそうとしたらしいのだが、コルトレーンは一言「練習」
レッドマンは少しは自信を持ち始めていたころだったらしいが、Coltraneの謙虚で丁重な態度にそういうものは吹き飛んだらしい。
「彼は私に1年以上の間「Giant steps」に取り組んでいたと言いました。それで思ったのは、私は決してそれを演奏しないという事です
ある日、ベッドにおよそ150のマウスピースで膨れ上がった2つの航空会社のバッグがありました。しかし、最も良かったものは、「Milesのバンドで演奏している時に、より大きい音を得るためにそれを広げようとして壊してしまった」とコルトレーンは言っていました。」(サックス奏者なら身につまされる話と言える)
新譜情報が豊富だ。
ダイアナ・クラール (Diana Krall)の新譜はプロデューサー、トミー リピューマ (Tommy LiPuma) で Verve 7枚目のアルバム。
アルバムは彼女の曲に婚約者エルビス・コステロ (Elvis Costello)の作詞で7曲。
他にトム ・ウェイツ (Tom Waits) の「 Temptation 」 ジョニ・ミッチェル (Joni Mitchell)の「Black Crow」 モーゼ・アリソン (Mose AIlison)の「Stop This World 」など。 4月 リリース予定。
2004年に40周年を迎えるのは、ヘンリー・マンシーニ(Henry Mancini) 作曲 The Pink Panther
コンコード (Concord) から3月に「The Ultimate Mancini」リリース。 「 Mr. Lucky 」、「 Peter Gunn 」、「 Charade 」のオリジナルの Mancini アレンジメントの SACD 。「 The Pink Panther Theme 」ではオリジナルと同じく テナーサックス奏者、プラス・ ジョンソン (Plas Johnson) が再演。
ジョー・ロヴァーノ (Joe Lovano) と ブランフォード・マルサリス (Branford Marsalis) はそれぞれバラードアルバムを録音。
Lovano は (Blue Note) 5月、ハンク・ジョーンズ (Hank Jones) 、ジョージ ・ムラーツ (George Mraz) とポール・モチアン (Paul Motian)
Marsalis は、 Joey Calderazzo、Eric Revis とJeff Tain Wats。
ECM はチャールズ ・ロイド (Charles Lloyd) /ビリー・ヒギンズ (Billy Higgins)デュエットのアルバムを春リリース予定。
2001年5月、ビリーの死の少し前に録音されていて、2人がいろいろな楽器を演奏、そして声も聴けるようだ(vocalizing)
テナーサックス奏者、デイビッド・サンチェス (David Sanchez) はラテンアメリカの (Latin American) 作曲家の音楽のアルバムを録音。
コロンビア (Columbia) で5月 (May) リリース予定。
Carlos Franzetti(編曲)、ヴィラ・ロヴォス (Villa - Lobos)、ピアソラ(Piazzolla )、ジョビン(Jobim) などの曲を80人のオーケストラとともに録音 。
プラハ録音という事はチェコフィルか?
どうなんだろう、チェコフィルとピアソラ、ジョビンの曲の相性。
The Blue Note club (New York)は クラブギグ後に、そのパーフォーマンスをライブ・レコーディング(CD?)として持ち帰り可能にする技術を明らかにする予定。
サボイジャズ (Savoy Jazz) がジェームズ・ムーディー (James Moody) と契約、ホレス・シルバー (Horace Silver) 、 ハービー・ハンコック (Herbie Hancock) 、ケニー・バロン(Kenny Barron) 、ジョー ・ザヴィヌル (Joe Zawinul) によってムーディー のために書かれた作品のコレクションを2月にリリース予定 。
マーク・ターナー (Mark Turner) は Larry Grenadier(Bass) 、 Jeff Ballard(Drums) で彼の新しいトリオをデビューさせる。
と、新年号は話題豊富で、他に特集は没後十年フランク・ザッパ(表紙も)、南アフリカジャズ事情、Eddie Palmieri等々
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6 (2004.1/21)
19才でレコードデビュー。今やノラ・ジョーンズ(Norah Jones)の次のスターとも期待される歌手Peter Cincotti(ピーター・シンコッティ)のレポートが掲載されている Down Beat Feb issue。若干20才にして広範囲のツアーをこなす彼の素直な心境が語られている。
Cincotti は1983年ニューヨーク (New York) 生まれ。
幼いころより音楽の才能を示し、7才の時、歌手/ピアニスト、ハリー・コニック ・ジュニア (Harry Connick Jr.)に認められてステージ活動を始める。1996年に、ホワイトハウス (White House) に招かれ演奏。2001年グラミー賞 (Grammy Awards)、エド・サリバン (Ed Sullivan Broadcast Lounge) 、モントルージャズ・フェスティバル (Montreux Jazz Festival)で聴衆を仰天させ、2003年デビューアルバムを発表。多忙なコンサート活動をこなしつつコロンビア大学在籍中。
それまでのような音楽のレッスンを受けることのないコンサート・ツアーの日々。その中で学んでいる事がレッスンだと語っている。
例えば、2003年6/26モントリオール・インタナショナルジャズ・フェスティバル (Montreal International Jazz Festival)でレイ・チャールズ (Ray Charles)を見たことは50回のレッスンにも相当するらしい。「何と滑らかで完全なんだろう」と。
「私は先ずステージの何処にモニターがあるのかと探すのに20分ぐらいを費やしました。それがないことに気付き、一体彼がどのようにビッグバンドを通して彼自身を聞くことができるのか、そしてどのようにビッグバンドが彼を聞くことができるのかと思いました。 それは驚くべき事でした。」
(通常、コンサートのステージにはそれぞれにモニタースピーカーが設置されていて、自分の音や他の楽器の音などを聴きつつ演奏する。広いステージなどには必要不可欠とも言えるが、モニターを使わずに生音のバランスだけで演奏する巨匠達も多い。当然クラシックのステージにモニターがないことは原則のようなものだ。)
「私はコンサートの後、およそ15分間チャールズ氏 (Mr. Charles) と一緒に座って、音楽について話をしました。彼はなぜモニターが好きではないか、そしてそれらが、もし間違った方法で使われた場合、いかに偽りの感覚を与えるかを説明してくれました。
次の週、私はモニターを使いませんでしたが、私は自分がレイ・チャールズ (Ray Charles) ではないことを悟りました。モニターを戻さざるを得ませんでした。
私には本人が自覚していようといまいと全てのミュージシャンが教師であるように思います。
私のデビューCDでベースを弾くデイビッド ・フィンク 氏(David Finck) は私の最も偉大な教師の1人です。初めて一緒に演奏したときの彼の顔は忘れません。私はソロの時と同じようにベース音を全て弾いてしまったのです。
ドラマーのケニー・ワシントン (Kenny Washington)など、共演者と話をする事がCzerny (ツェルニー)を練習することと比べて同じぐらい重要であることを当初は知り得ませんでした。今、彼等に何のソロを書き写すべきか、あるいは何のレコードを買うべきか尋ねながら、ツアーの間中様々なものを聴き続けています。
時々、私はある特定な楽器に焦点を合わせて集中的に聴きます。この訓練によってレコードを違う側面から聴く事になり、最初は聞えなかったものが聞えるように思います。
レコードを聞くことが恐らく学ぶ事の最も良い方法であるにもかかわらず、ライブの音楽を聞く事にはかないません。特にそれがシャーリーホーン (Shirley Horn) の場合。
Vieune (France) で10,000席のローマの円形演技場 (Roman Amphitheater) で彼女のコンサートを体験しました。シャーリーホーン (Shirley Horn) がライブで演奏するのを見て、そして彼女が歌ったそれぞれの言葉を聞く事には素晴らしいスリルがあったのです。私のアイドルとステージを共有することは言葉で言い表せない感じです。
Steinway の第150年目の記念日のためにカーネギーホールで演奏しました。 このコンサートは ハービー・ ハンコック (Herbie Hancock) 、ラムゼイ ・ルイス(Ramsey Lewis) などがいました。
言うまでもなく、私はこのようなコンサートの一部であることを非常に名誉に思いました。しかし私は死ぬ程に怖かったのです。プログラムで ハンコックのすぐ後に私が演奏することが分かった時でした!
私は即座に、イベントをプロデュースしていたフィル・ラモーン(Phil Ramone) に電話をしました。私は言いました、「フィル 、順序を変えなければ、、。 ハービー・ ハンコック (Herbie Hancock) の後に私は無理です!
彼の後に、私はどのようにピアノに触れることができますか?」
「心配しないで、演奏するんだ」
「私は、Mr. Hancockが演奏している間、舞台裏で立っていました。最後のナンバーの後に、彼が歩いてきて、ほほ笑んで言いました、「やって来いヨ」。それは超現実的でした。 私は本当にどのように私があれを通り抜けたか覚えていません。」
何とも初々しい話が続き、今後の彼の展望などが語られている。音楽校を選ばずにコロンビア大学に進んだことも彼にとっては重要で、音楽だけに限らぬより多くの経験で自分を高めなければと言う。シナトラ、ハリー・コーニックなどと肩を並べる日も近い。
この他、DOWNBEAT February issue にはPat Martino、 Dr.John、Cassandra Wilson(表紙も)など、、。